二度三度来たくなる観光地作り⑤/最高のおもてなしは「安心感」
大分県の湯布院町湯平温泉にある小さな旅館「山城屋」が、コロナ禍を経験して見つけた大切な宝物。そして、これから益々グローバル化する観光業界の取り組むべき課題について回を分けてご紹介します
「あるもの」を生かそう
前回までは、私が約3年間に及ぶコロナ禍期間で取り組んで来たことをお話しさせていただきました。
「大女将秘伝の味噌」の販売や旅館の体験動画の制作、裏山の再生プロジェクトなど。
今思うと、これらの取り組みは、多くの「ひと」との繋がりが大きな原動力となって実現したものと感じています。
そして更に、これまでの取り組みについて共通して言えることは、元々「あるもの」を生かそうという発想です。
そもそも、少子高齢化で国内市場がどんどん縮小し、宿泊客が減少する中、あえて新たな設備投資を行うことなく、日本建築そのままの「古い木造旅館」を海外市場へ向けて売り出そうとインバウンド(訪日外国人旅行)に大きく舵を切ったのも、この「元々あるものを生かそう」という発想に他なりません。
もちろん、インバウンドに舵を切ったと言っても顧客対象を国内から世界へ広げただけで、以前と同様に国内客も受け入れて行くことに何ら変わりはありません。
誤解の無いようにお伝えしますが、私はこれまで、「当館は外国人客専用宿です」と言ったことは一度もありませんし、そのスタンスはこれからも同じです。
「やるかやらないか、やるならとことん」
しかしながら、このような新たな取り組みを始める場合、何事も中途半端は一番良くないことだと思っています。
それは、6年前に出版した著書『山奥の小さな旅館が連日外国人客で満室になる理由』にも書かせていただきましたが、「中途半端」に受け入れること自体がお客様に対して失礼であり、それは返ってマイナスにこそなれ、プラスには決してならないからです。
何事もとことん取り組んでこそ、相手に誠意が伝わるものであり、その結果は如実に現れるものです。
このことから、「やるかやらないか、やるならとことん」という考えは常に私の行動指針となっています。
今から18年程前、インバウンドに本格的に取り組む前に、当館の女将である家内に、「これから将来的に一日のお客様が全員外国人という日が来るかも知れないけど、それでもいいかな?」と尋ねたことがあります。
家内の答えは意外なことに「いいんじゃない」でした。
実は、このことがその後の旅館山城屋にとっての大きな転機となったのです。
この時点で、私と家内が「とことんやる」ことに思い切ることが出来たからこそ、現在の「連日満室の状態」があるとも言えます。
おそらく、この時に家内が難色を示していたら、「とりあえず部屋数を限定して」とか「とりあえず海外サイトを1社だけ入れて」という消極的な取り組みとなり、結果的に急速に拡大するインバウンドの波に乗り遅れただけでなく、貴重な学習機会も失い、いまだに経験値も乏しいままだったことでしょう。
マーケティングの世界では「先行者利益」という言葉がありますが、インバウンドへの参入事業者が少なかった頃にいち早く取り組んだことは、今でも正解だったと確信しています。
「全国旅行支援」の終了
コロナ禍の期間中に、政府が「全国旅行支援」という、全国を対象とした旅行代金の割引と地域クーポンを付与する観光需要喚起策を実施しました。
おかげで、期間中は多くの国内旅行客が利用され、コロナで打撃を受けた大半の宿泊事業者はその恩恵を被ることが出来ました。
予算の関係上、各都道府県によって利用期間は異なりますが、私の住む大分県は、個人旅行を2023年7月20日(7月21日チェックアウトまで)で終了しました。
当然ながら、割引が終了すると同時に国内客は一気に減少に転じました。
しかしながら、当館ではその後、減少した国内客に代って連日満室になるまでお越しいただいているのはインバウンドのお客様なのです。
実は、当館の場合、昨年(2022年)の10月11日に政府がコロナの水際対策を大幅に緩和した、いわゆる「インバウンド解禁」と同時に、一気に外国からの予約が殺到し、あっという間に3か月先まで客室が埋まってしまったという経緯があります。
そして、その勢いは1年経った今もほぼ変わっていないのです。
日本政府観光局(JNTO)が発表した2023年8月の訪日外国人客数は215万6900人(推計)となり、新型コロナウイルス拡大後2019年比で初めて8割を超えたとされていますが、当館では、既に1年前に100%の完全復活を果たしていたことになります。
ここのところ、「全国旅行支援」実施中は国内客に限定し、終了後になってようやくインバウンド向けの海外OTAによる受付を再開したという他の旅館さんからは、「なかなか思うように予約が入らない」という声をお聞きします。
それぞれのお宿によって事情や方針があろうかとは思いますが、やはり、常日頃より国内外を問わずに受け入れられる体制が求められていると思うのです。
二度三度来ていただくためのリピーター作り
コロナが落ち着いて、当館では連日沢山の外国人客がお越しいただいていますが、このわずか1年足らずの間に、既に2回もみえられた香港のリピーターさんもいます。
もちろん、コロナ前からの常連さんでもあるのですが、他にも「コロナを経て4年ぶりに来ました」や「今回で5回目です」といった方をよくおみかけします。
しかも、そのリピーターさんに多く見られる特徴として、最初はカップルさんで、次はご両親と、そして次は会社の同僚と…といった具合で、一緒にみえられる人がその都度違うのです。
つい先日、12名でお越しになったお客様の内のお一人は3回目のご利用でした。
「自分が体験した日本の旅館を、出来るだけ多くの家族・友人にも体験して欲しい」と思っていただけたとすれば、これほど嬉しいことはありません。
そして、これは外国人客に限ったことではありません。
思えば、ほとんど宿泊客がいなかったコロナ期間中においても、当館を応援するようにご宿泊いただいた国内客の多くは、過去何度もお越しいただいた常連さんたちでした。
そう考えると、浮き沈みの多いこの業界で長く経営を続けて行くためには、やはり「リピーター」作りが最も重要ではないかと思うのです。
私は、県の観光戦略に対してチェックや提言をする「ツーリズム戦略推進会議」の委員を拝命して出席していますが、一般的な観光施策においては、どうしても「誘客促進」を優先的に考えがちのように見受けられます。
デジタルマーケティングやプロモーション、ファムトリップやインフルエンサーの活用など。
勿論、新規顧客の開拓はどの業種においても営業努力として必須であるとは思いますが、既存のお客様を出来るだけ固定化(安定化)する努力も怠ってはいけないと思うのです。
更に言えば、その固定化されたお客様(=リピーター)を次々と増やすことによって、前述の12名のお客様のように、「リピーターを核とした新たな顧客獲得」にも繋がります。
つまり、リピーターという固定客のリアルな「クチコミ」を通じて、新たな顧客をお客様が紹介していただけるのです。
では、どのようにしてその「リピーター」を作るのか。
当館には20年来、毎年欠かさずお越しいただける常連のお客様がいらっしゃいます。また、中には毎月お越しいただき、ほぼ一年先までの予約までされる方もいます。
私はこのような常連のお客様に、「なぜ何度もお越しいただいているのですか?」と率直に尋ねてみました。
一般的な旅館の魅力は、「お料理」「お風呂」「寝具」「自然景観」「接客」「館内の設え」などと思われ、実際にこれらに関するお答えもいくつかありましたが、最も多く聞かれた答えは、「ここが一番落ち着くから」でした。
なぜ「ここが一番落ち着く」のか?
私にとってその答えは「安心感」(満足感)ではないかと思うのです。
滞在中、お客様にいかに「安心感」を感じていただけるか。更に言えば、「滞在前」、つまり当館にお越しいただくまでの間の「安心感」をどのように提供出来るのか?
これらは「旅館」という施設単位の話だけではなく、「観光地」単位においても同様だと思います。
もっと言えば、交通機関も含めた市・県・国の「地域」単位の話でもあります。
つまり、「安心感」を感じられる「受入環境の整備」が最も重要なのです。
「いらっしゃい、いらっしゃい」と声高に誘客宣伝を行った結果、一度は来てくれたものの、何らかの不安(不満)を感じて「もう二度と行かない」となっては元も子もないからです。
これからの持続可能な観光を目指すならば、10年後も確実に来てくれる顧客を一人でも増やす努力が必要ではないでしょうか。
「インバウンド推進協議会」の設立
コロナ禍の前、2018年4月に、私は大分県内のインバウンドを推進する個人・団体・企業と共に「インバウンド推進協議会OITA」という民間団体を立ち上げました。
これは、インバウンドに関する各地域の課題を組織として共有し、より効果的な解決を図ること。あるいは、インバウンド推進に関する行政(国・県)の重要施策や各種セミナーなどの有益な情報を確実に県内の「必要とする人たち」に伝えていくことを主な役割としたものです。
観光に関する既存組織の枠組みを超えた草の根レベルの横断的な民間組織として設立し、いわば既存の組織(行政・商工会・観光協会)の補完的役割を担っているともいえます。
また、2023年7月より、「一般社団法人 インバウンド全国推進協議会」へと組織・名称変更を行い、「インバウンドに優しいおもてなし認定証」の普及活動を全国の事業者を対象に行っています。(※この認定証については後日あらためてご紹介します。)
「いつかは行ってみたい観光地」よりも、「また行きたい観光地」を目指して。
私たちが取り組んでいる課題とその解決策について、この後も回を分けてご紹介します。