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フローとゾーン

至高体験や高原体験のような意識の融合状態は、様々な欲求段階を積み上げた「自己実現者」だけに訪れるのものではなく、わたしたちの日常の中にも時として現れる現象です。
そのような集中力が高まっている心理的状態は、「フロー」あるいは「ゾーン」と呼ばれています。

ハンガリー出身の心理学者ミハイ・チクセントミハイ博士は、「心理的エネルギー」が今取り組んでいる対象へ100%注がれている状態として、「フロー」という概念を提出しました。
チクセントミハイは10代の頃、カール・グスタフ・ユングの“空飛ぶ円盤”と題された講演を聞きに行き、「二度にわたる大戦で病んだ人々の心が見せる現象」が空飛ぶ円盤であるというユングの説明に強く心を動かされ、心理学を志したといいます。
1956年のハンガリー動乱によりアメリカに渡ったチクセントミハイは、シカゴ大学で心理学の博士号を取り、「人間にとって、人生を生きるに値する価値とはどういうものか」について研究を行いました。
創造的な活動をしている科学者や芸術家、音楽家やスポーツ選手など、8千人以上の人々に、「いつどんな時に幸せを感じるか?」とインタビューしたところ、彼らは研究や活動、演奏などに取り組んでいる間、「時として時間の流れを忘れ、得も言われぬ高揚感に包まれることがある」と口々に語ったといいます。
彼らの体験に共通する「創造的で一定以上のスキルを必要とされる仕事や活動に没頭し、日常を超えた高い満足感を得ている」時の特別な心理状態を、チクセントミハイは「こころを乗せて運ぶ自発的な淀みない流れ」として捉え、フローflowと名付けました。

フローが訪れるための条件として、チクセントミハイはいくつかの要素をあげています。
① 自分のスキルに対して適度な難しさのタスクに取組んでいること
② その活動に対して本質的な価値を見出していること
③ 対象に対して集中できる環境下にあること
④ 取組み内容に対する自己統制感を持って臨んでいること
⑤ 取組んでいることに対するフィードバックが逐次得られていること
⑥ 行為と意識が融合していること
これらの要素の一定条件を満たした時、ヒトはその心理的エネルギーを止め処なく湧き上がらせ、刻の流れを忘れて「今、ここ」の作業だけに没頭できるようになります。
他人から「やらされている」仕事ではなく、自分自身が心から意義を感じている「少し手強い」取組みに対して、自ら進んで作業環境を整え挑戦することで、フロー状態を導き入れることができるのだということです。

フロー状態にある間、その人自身の持っている能力は最大限に発揮され、そうした体験を繰り返すことで能力そのものが高められて、ヒトは成長していきます。
成功感覚が積み重ねられるにつれて自己肯定感が高まり、次の成長段階へと登るための精神的エネルギーを得られるのです。
そしてフロー経験を重ね、その作業に対する技術がある程度までスキルアップすると、「ここ一番」と言う極限状態において「ゾーン」に入ることができるようになります。

「ゾーンzone」と言う言葉は、オーストラリア生まれのプロゴルファー、デビッド・グラハム選手が1980年代に、ゴルフにおけるメンタル面の重要性を説明するために使ったことから、世界中に広まりました。
歴代の偉大なゴルファーたちは、ここ一番の大勝負の時「ゾーンに入る」ことで、勝ち上がってきたのだとグラハムはいいます。
グリーン上のパターラインがまるで描いてあるようにはっきり見え、頭の中があり得ないくらいに冴え渡って、神がかり的なパッティングを成功させる瞬間、そのプレーヤーはゾーンに入っているのです。

元々がゴルフプレーのために考えられた言葉であったためか、主にアスリートたちの間で使われるようになった「ゾーン」ですが、「極度の精神集中状態」と言う意味で用いられ、心理学用語である「フロー」との差異は曖昧です。
脳科学者の茂木健一郎博士はこの点について、
「フロー=ゾーンというとらえかたが多いが、両者を区別するのも有益であるように思う。フローの最高の段階を『ゾーン』と呼ぶことにしてはどうか」
という提案をしています。
ここではこの茂木氏の提案を採用して、日常的に起こりうるフローと、その中で一段階高まった集中状態であるゾーンを区別して紹介しました。

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