融合 こころの成長と階層
ヒトのこころは成長します。
良い成長をするか、悪い成長をするかは、個人の資質や生育環境によりますが、少なくともこの文章を読んでいる時のあなたのこころは、生まれたての時のあなたのこころの状態とは違っているはずです。
そしてこころの成長は、階層的な段階を踏みながら進んでいきます。
ひとつひとつの階層で起きるイベントを、自発的な体験として自分自身に取り入れ、そこでの経験を丸ごと融合し昇華させることで、ヒトは次のステージの枠組みを作り出すことができるようになります。
「アイデンティティ=自己同一性」という概念を提唱した、発達心理学者エリク・H・エリクソンは、こころの成長過程を8つの段階に分けました。
1歳半までの乳児期には、母親をはじめ周囲の人々から愛され、空腹感や不快感を解消してもらうことで、ヒトへの信頼感が育まれます。
3歳までの幼児前期には自律性が生まれ、意志の力が育ちますが、それは乳児期にしっかりと育まれた信頼感の上で初めて成り立ちます。
3歳から5歳までの幼児後期(遊戯期)には、それまでに身についた自律心の上に自発性や積極性が育ち、遊びを通して自分の行動に対する目的意識を持つようになります。
5歳から12歳の学童期には、物事に自発的習慣的に取り組むための勤勉性を獲得し、友達関係の中で社会性が芽生えます。
12歳から20歳の青年期(思春期)には、自分は何者であるかと考えるようになり、他人との共通点や相違点から、固有のアイデンティティを確立していきますが、乳児期から学童期までの発達課題をクリアしていないと、仲間との心理的距離を上手に測れず、アイデンティティの混乱を招きます。
20歳から40歳の成人期には、社会でひとり立ちする中で、他者との親密性を深め、配偶者を得て愛情と親密さを土台とした家庭を持ちますが、健全な家庭を築くためには、アイデンティティがしっかり根付いていることが求められます。
40歳から65歳の壮年期には、前の世代から引き継いだ文化に新たな創造を加え、それを次の世代に譲りわたす「次世代育成能力generativity」が課題となりますが、これは青年期から育んできた親密な人間関係により芽生えます。
65歳以上の老年期には、子育てを終えて仕事を退職し、自分の人生の意味を見出すことが課題となり、自分の存在を世代間の繋がりの中に位置付けることで、安らかな最後の時を受け入れられるようになります。
一方「人間性心理学」の生みの親アブラハム・マズローは、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する」とし、その欲求を5段階の階層に理論化しました。
1段階目は「生理的欲求」で、睡眠、食事、排泄など、動物一般にも見られる、生命を維持するための本能的欲求です。
2段階目の「安全の欲求」は、こころとからだの健康や経済的な安定、安心できる生活環境を求める欲求で、幼児期に現れます。
3段階目は「社会的(帰属)欲求」で、生理的欲求と安全の欲求が十分満たされると現れる、家族や友人など他者から受け入れられたいという欲求です。
4段階目の「承認(尊重)欲求」は、他者から価値ある存在として認められ尊敬されたいという欲求です。低位の承認欲求は他者からの注目や称賛によって満たされますが、高位の承認欲求では他者からの評価ではなく、自分自身による評価を重視するようになります。
5段階目は「自己実現の欲求」といい、自分の持つ世界観や人生観に基づいて「こう在りたい」と願い、世間や人間を完全に愛すべき対象として受け入れ、自分と世界の関係性を築くことの欲求です。
マズローは4段階目までの欲求を「欠乏欲求deficiency needs」としてまとめ、それをクリアすることで立ち現れる自己実現の欲求は、質的に全く異なるものとみなして「存在欲求growth need」と呼び分けています。
また欠乏欲求を充分に満たした経験を持つ者は、それらの欲求に対して恒久的耐性を獲得し、充足されていない状態においても、まるで宗教者や慈善家のように存在欲求に向かえるようになると言います。
晩年となってマズローは、自己実現の概念をY理論とZ理論に2分割し、最高段階であるZ理論をメタ欲求として「超越」と呼びました。
超越段階にある「超越者」たちは、ピーク・エクスペリエンス(至高体験)やプラトー・エクスペリエンス(高原体験)を通して統合的意識に触れることで、ホリスティック(包括的)なこころの状態に達したのだと言います。
この段階に至った者は「個=パーソナル」というステージを超え、自我や自己、アイデンティティ、様々な個別の欲求を超克した、トランスパーソナルな次元に生きています。
マズローは超越者の候補である自己実現者の例として、故人生人含めて数十名の名前を挙げています。
次回はそれら面々の紹介をしたいと思います。