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けっきょく身体が大事という話。


美術館に行くことが好きだ。文化に触れてなんとか、とか、教養を身につけてうんたら、みたいな、そういうキラキラした理由じゃない。美術館に行くと、ストレス解消になるのだ。

ストレスと言ったって僕の生活の中にそれほど大きなストレスがあるわけではないが、それでも仕事が続いたり、仕事の中で自分的にうまくいかないことがあったりすると、心の中のメモリというか感情の保管庫というか、そんな空間の片隅に灰色の埃が溜まっていくことはある。

それが積もり積もっていくと日常生活のいろんなことを純粋に楽しめなくなっていくので、その前に僕は美術館に行くことにしている。

もちろん、絵や美術品を観ることそのものが楽しいという気持ちもある。楽しいからこそ、ストレス解消になるという側面もあるだろう。けれど僕にとっては楽しさは副産物であって、美術館に行く最も強い理由ではない。楽しくなりたくて美術館に行くわけではない。

じゃあ、何を求めて美術館に行くのか。


人間の、狂った所業を、見たいのだ。


直近で行った美術展は東京都現代美術館の高橋龍太郎コレクションだった。これは、精神科の医師であり現代美術のコレクターである高橋龍太郎氏の個人所蔵のコレクション3500点(!)のなかから選ばれた115組の作品によって構成された展示会だ。

日本の現代美術の流れにとって重要な作家たちが網羅されている高橋龍太郎コレクションの蒐集の厚みにまず驚かされるし、展示されている作家/作品の多彩さとそれぞれの仕事の個性の迸りにも感嘆せざるを得ない。

素晴らしい作品というのは、何を持って「素晴らし」いとされるのかはなかなか素人が理解できるほど簡単ではないが、僕の拙い経験からいうと、凄みのある作品というのはその制作の過程で、惜しげもなく手が動かされている

これはもちろん比喩で(たとえば白髪一雄の絵画は足で描かれたりしている)、つまり制作の過程において作家の手、目、思考、身体が、ひたすらに稼働している痕跡がある作品は大体において結果として凄みを帯びている。

あるいは、そういう展示会に選ばれるような作品はそもそも、常人では到達し得ない強度の「身体的運動」を伴った制作活動によって結実していることが越えるべき最低限のハードルとしてある、ということなのかもしれない。

絵画や美術品というのは、その完成されたモノ自体に注目しやすいが、僕はそのモノというのはあくまでも媒介であると思っている。何と何を媒介するのかといえば、作家と私を、である。そして、作家も私も、それぞれに固有の身体を持っている。

モノを作ろうとするときに、きちんと身体を動かすというのはとても重要な工程だ。身体を動かすことを大切にしない創作は、最後のところでいいものに仕上がらないと僕は思っている。けれど最近の、特にインターネットが生活の中に染み通ってからこちらの創造行為は、アタマでっかちに進むことが多いように思われる。僕自身もその傾向があると、自戒を込めた自己認識も持っている。

でもやっぱり、すごい作品というのは、一般人からしたら途方に暮れるほどの「手の作業」「身体の作業」によってこの世に生み出されているのだ。

手が動かされている量が圧倒的だとわかる作品を見ると、僕はいつも清々しい気持ちになる。うわー、やべー、という感想とともに自然と笑いが腹の底から込み上げてくる。凄すぎて笑っちゃう、みたいなものに出会いたくて美術館に行くのだ。

笑っちゃう、というのは、作品自体が面白いということではない。それを作り上げる過程の、途轍もない分量の身体的行動の凄みに半ば呆れちゃうのである。おいおい、そこまでやるのかよ、と。だから、作品がこちらに訴求するものが恐怖や不快感やおぞましさであってもいいのだ。そのような感覚が圧倒的であればあるほど僕は、おいおいマジかよと笑っちゃうのだ。


ようやく僕も、芝居づくりは身体を動かすことだと理解できてきた。以前からも芝居は身体が大事だとアタマではわかっていたのだか、アタマでわかっていることは単なるわかったつもりのことだ。畑の耕し方をアタマで理解しても、自分の身体で鋤鍬を持たなきゃ何の意味もないのとおんなじだ。

無駄だなー、と思うような作業もそこに確信さえあれば、創作の現場では一切無駄ではない。なぜなら、無駄を伴っているその作業をする手も身体も脳みそも、その作業で得た刺激を忘れることはないからだ。身体を動かしたなら、その記憶はそのまま身体に蓄積される。身体を動かした経験が何かによって奪われることはない。

このあいだ観た高橋龍太郎コレクションの展示会場でも「そこまでやるのかよ!」という作品がたくさんあった。僕も観た人から「そこまでやるのかよ!」と思われるぐらいの俳優になりたいと、毎秒思っている。



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