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過ぎし日のあのトランプの話。

こんにちは!山野靖博です!

バイスクルのトランプ。

およそ、空想好きで引っ込み思案のひとりっ子として育った人間はおおむね、手品あるいはマジックといったものに幼少時代のどこかで憧れて、人知れずコインの扱いやトランプの操作の練習に熱中したことがあるということは広く賛同を得られる事実だろう。

その例に漏れず僕自身も小学生の頃、図書館で借りたマジック練習用の教材ビデオを見ながら、手品のいくつかを身につけたことがある。

潤沢な資本によって欲しいと思うものは全て買い与えてもらえるような家なら別だが、世の中の多くの子どもは「これが欲しい」というものの大方は与えてもらえないのが常であるが、100円均一、通称100均となると話が別で、何故があの空間では欲しいと申請したものの大半は買ってもらえたのであった。

僕が子どもの頃、100均に置いてあったトランプはプラスチック製のもので、じつはこれはトランプマジックの練習をするのに非常に使い勝手が悪い。静電気でカードとカードがくっついてしまうためだ。

トランプ手品の肝は、見るものには偶然性の帰結でしかないように見える出来事を、隅々まで意図的に操作することである。自分の手による自由な操作性を妨害する静電気などたいったものは、もっとも回避すべき事象なのである。

ところで、ビデオの画面の中で華麗に手品を解説する世界的マジシャンが推奨するトランプは「バイスクル」という種類のものだった。

アメリカのメーカーが販売するこのトランプは、ジョーカーの絵柄が自転車(つまりバイスクル)に乗っているデザインで、全カードの裏面の模様にも自転車に乗った天使が2人描かれている。紙製であるが表面のエンボス加工が特徴で、これがトランプマジックに必要なカード操作を非常にやりやすくしている。

僕にとってこのバイスクルは憧れで、しかしいちばん安い種類でも600円はしたのでなかなか「買ってほしい」と言い出せなかった記憶がある。今となれば600円くらい、欲しいと言えば躊躇わずに買ってもらえたろうと思うが、なかなかどうして家のことを見てないようで見ているのが子どもというもので、その頃の僕にとっては無邪気にポンと要求することは難しかったようである。

もっとも、そのあとにはバイスクルを使ってトランプマジックの練習をした記憶もあるから、どこかのタイミングで買ってもらえたか、自分のお小遣いで買ったかしたのだろう。

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子どもの時代からだいぶ大人になった今、トランプを見て思うのはウィスキーのことだ。

日本産のウィスキーのなかで、あるときから集中的な注目を浴びて、ジャパニーズウィスキー人気の先頭を走ったのが、埼玉県秩父にあるベンチャーウィスキーという会社の「イチローズモルト」である。

いまでは、都内のバーにいけば8割方の店で置いてあるほどのメジャーブランドになったが、僕が大学生の頃はまだまだ知る人ぞ知るという感じだった。

現在、イチローズモルトのなかで普通にお店で飲めるシリーズはラベルに葉っぱの模様が描かれているリーフと呼ばれるシリーズで、これは酒の種類によって赤の葉っぱや緑の葉っぱになったりする。

僕が初めてイチローズモルトを飲んだ15年ほど前には、「カードシリーズ」と呼ばれる、ラベルにトランプが描かれたボトルがまだバーで飲めた。

その値段にしてもそこまで高くなく、大学生がバイト代を握りしめて「今夜はちょっと背伸びをするか」というぐらいの気持ちで飲めたものである。

また、洋酒などを専門に扱う酒屋にはこのカードシリーズの扱いがそれなりにあって、さまざまなトランプのデザインが施された酒瓶を眺めながら、いつかこれを買いたいなぁと思っていたものだ。

それがいまやどうだろう。バーでカードシリーズを見ることなんてほぼ無くなった。もしかしたら、高級なお店には並んでいるのかもしれないが、僕が行くような店では100%と言っていいほどみなくなった。

一度、カードシリーズを買うならいくらだろうと調べてみたら、数百万円の値段がついているボトルもあった。

人気というのは、なんとも不思議なものだ。イチローズモルトはたしかに美味しい。カードシリーズのウィスキーもとっても美味しかった。かといって、その味がそのまま数百万円の価値なのかと言われたら疑問がある。欲しい人がたくさんいて、希少価値が高いと、そういう値付けになるのである。それは、そのモノ自体の本質とはかけ離れた、市場経済的価値という虚構なのである。

いまあらためてカードシリーズのイチローズモルトを飲もうと思うのは、ほとんど不可能に近い。けれど僕はたしかに大学生の頃、一度ならず何回もカードシリーズを飲んだのだ。

それを自慢のために喧伝しようということではないのだけど、でもあのとき少し背伸びしてそのお酒を飲んで、あるいはアイラのシングルモルトなども並べて飲んで、「ああそうか、ウィスキーとはこういうものか」と分からない者なりに分かったフリをできたことは、振り返れば幸せなことだったなと思う。

それよりなにより、イチローズモルトのカードシリーズの酒瓶は、本当に可愛かったのだ。空き瓶だけでも集めておけばよかった。


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