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布の気持ちよさ、についての話。


こんにちは!山野靖博です!

青い布。

着道楽という言葉がある。

着る物が好きで惜しげもなくお金を使うような人のことを言う。この場合の「着る物」は僕のイメージではやはり着物で、洋装の服、つまり洋服をして着道楽というのはなんかちょっと違う気がする。

着道楽ともなれば、一家が傾くくらいの勢いで着物だの帯だの羽織だのを作って、着ることもだがむしろ作ることこそに快楽を覚えているような、そんな人物のことを想像する。

自分の家計の範囲内でうまいこと計算をして、それでもたくさん着物を買う、というのは着道楽ではないように思われる。それは単なるやりくり上手の着物好きな人だ。

「◯◯道楽」となればどこか箍が外れていてほしい。桁違いであってほしい。酔狂さ、執着心、刹那的な思い切りの良さ、後先を考えない豪胆さを見せてほしい、というのは自分自身が突拍子もない生き方をできない小市民だからこその願望の押し付けだ。


ところで着物は本当に高くって、しかも値段とは別に「格」の問題があるから、眼玉が飛び出るほどに高価なのに普段着、訪問着というのはままあることらしい。

洋服の高い物というと、ハイブランドとかオートクチュールとか、そういう方向になっていく印象があって、そうなればそうなるほど「普段着」の範疇は超えていくように思う。

というのはこれまた小市民のしみったれた感覚で、ハイブランドでもオートクチュールでも八百屋でリンゴを買うくらいの気軽さで買えてしまうような人々にとっては、どんな洋服でも普段着として着れてしまうものなのかもしれない。


僕は大学時代、スーツやタキシードに凝ったことがあって、大学生風情にとってはかなり背伸びした服を何着も作ったものだ。

僕は細くて背が高く、腕も細くて長く、首ももちろん細く長いという、規制服ではとてもじゃないがサイズの合うものを見つけられない体型である。

しかし大学でオペラを勉強していると試験のための正装、演奏会のための衣装として、スーツやタキシードがどうしても必要になる。人前に出て歌うときに着るのだから、サイズが合わずにだらしなく見えるよりも、キチっとした格好いいものを着たくなるわけだ。

ということで初めはタキシードを自分の体に合わせて作るとこから始めて、その楽しさに舞い上がってしまった。そこからタキシードをもう1着、スーツは4着、そしてコートを1着作った。

大人になったいまこうして数を並べてみるとそれほど大したことはないように思う。世のビジネスパーソンはスーツの4着なんて当たり前に持っておられる方も少なくないだろう。

しかし当時の僕は大学生である。毎日会社にスーツを着て行かなければならないわけではない。ただ自分が好きだ、というだけで自分のサイズに合わせたスーツを作っていたわけだ。

そしてそれを、なぜか、大学に着ていったりしていた。演奏会に出演する日ではなく。通常の授業の日に、である。

その当時作ったスーツやタキシードのいくつかは今でも着られる。というか、事あるごとに着ている。また、その時作ったスーツはきちんと手入れをすれば、自分が死ぬまでの期間もずっと着られるだろうと思っている。そうか、あれからもう悠に10年以上は経つのだなぁ。


着道楽の人の、何に惹かれてそこまでたくさんの着る物を買うのか、という点だが、僕は「布が肌を滑る感覚が好き」なのではないかと推測する。

季節に合わせたデザイン、とか、気分を変えてくれるコーディネート、とか、もちろんそういう外見的な要素への欲望もあるだろう。

しかし根本のところではきっと、自分の身体の上を滑る絹の感触、あるいは自分の身体を包み込むウールの質感。そのような、より根源的な、自らと外の世界との接点として他の五感のどれよりも広大な表面積を持つ肌という感受体の持つ触覚の甘美さに心酔しているのが、着道楽という人たちなのだろう。

それくらい布が肌に触れる感覚というのは心地よいものだと思う。

いま僕は江戸の天保年間を物語の舞台にした演劇作品に参加しているが、これは和物の舞台なので当然みんな着物を着ることになる。僕も着ている。

普段着物を着ない僕からしても、お衣装として着させていただいている着物の布の、肌を滑る感じ、布同士の擦れる感じには、なんとも言えない気持ちよさを感じる。

着物はピッタリと身体に吸い付かない分、布自体の自由な遊びがある。布には布の行きたい方向があり、布には布の収まりたい場所がある。

そういう言わば、布の自由意志というようなものと、着る僕側の意識との折り合いをつけていくのが、着物を着るということなのかもしれないと、無知ながらに考えている。

一家を傾かせるような着道楽という方たちもきっと、多種多様の布が感じさせてくれる触感の違いの魅力の追求と、自分の意思通りにはいってくれない布という可愛い存在との追いかけっこを進めていくうちに、後戻りできないところまで行ってしまった、みたいな部分があるのではないか。


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