【書評】『トゥレット症の僕が「世界一幸せ」と胸を張れる理由』酒井 隆成(著)/扶桑社
「トゥレット症」という言葉を聞いたことはありますか。
トゥレット症は発達障害の一種で、自然に身体が動いてしまう「運動チック」と、自分の意思に反して声が出てしまう「音声チック」が見られる病気です。
NPO法人日本トゥレット協会では、トゥレット症について以下のように記載されています。
米国精神医学会(APA)より刊行された「DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル」によると、人口1,000人当たりに少なくとも3人は認められる病気であるのだそうです。
人によって望む対応は異なるかと思いますが、もしトゥレット症でチックの症状が出る方が身近にいた際、どのようにしたら相手に少しでも気持ちが楽になってもらえるのでしょうか。
そのことを考えるには、当事者の経験や思いを知るのがひとつの方法としてよさそうです。
本の概要
『トゥレット症の僕が「世界一幸せ」と胸を張れる理由』は、2024年9月27日に発売された本です。
著者の酒井さんは、トゥレット症当事者のひとり。身体が動いたり声が出たりといったチックの症状と、十数年付き合ってこられたのだそうです。
インターネットテレビ局ABEMAで配信されている『ABEMA Prime』に2度出演され、ご自身のYouTubeチャンネルでも、病気やご自身のことを発信されています。
本書『トゥレット症の僕が「世界一幸せ」と胸を張れる理由』では、酒井さんが病気を抱えながら悩んだ学生時代や価値観が変わったアメリカ留学、福祉業界への就職の経験などが書かれています。
こちらの本をおすすめしたいのは、身近にトゥレット症をはじめとする障害をお持ちの方がいる方。
あとはトゥレット症について知りたい・ある程度知っていて理解を深めたい方、他者の生き方を知ることで気付きを得たい方。
逆に対象ではなくなりそうなのは……う〜ん、、いない。
「トゥレット症」と言われてピンときていない方にも、というかそうした方にこそ、読んでほしいと思った本です。
私がトゥレット症を知った時のこと
感想を書く前に、私がトゥレット症や酒井さんを知ったきっかけを書こうと思います。
私が「トゥレット症」という言葉を知ったのは、たしか2〜3年前くらい。
会社から帰ろうとバスに乗り、発車を待っていたときのことです。誰かが大きく舌を鳴らしながら、乗車しました。その音は、鳴り止みません。
これは本当に無知で失礼な話で申し訳ないのですが、その方は何かむしゃくしゃすることがあり、感情を表しながら乗車されたのだと私自身、勘違いしていました。
私はいつものように「疲れた〜」と思いながらスマホをいじっており、目をつけられないようにと願っていました。
しかし、それもすぐに(何か違うかも)と思うように。
なぜなら、その男性は音を鳴らしたあとにまるで音が鳴ってしまったのを打ち消すかのように、毎度咳払いをしていたからです。
(あれ? もしかしたら無意識に出ている症状なのかも……)
と、そのときに思いました。
(※ちなみに当時の描写を少し変えています)
意図せず身体が動いたり声が出たりする方がいらっしゃることはなんとなく理解していたつもりだったのですが、自分が知っているのとはまた違った症状でした。
障害について知らないことがたくさんあるのではと思い、インターネットで検索。当時、「無意識 音が出る」「声が出てしまう 症状」とかで調べたと思います。
そこで「トゥレット症」という言葉にたどりつきました。
テキストベースで語られるそれではあまり理解が進まなかったので、当事者の声を知りたいと思い、YouTubeへ。
そのときに見たのが、今から4年前に『ABEMA Prime』で放送された、こちらの回です。
こうして、酒井さんのことを知りました。
それから数年後。
いつものように目的もなく本屋へ行きふら〜っと歩いていたところ、酒井さんのお写真がババン! と載った本が!
(本を出されたんだ!!!)
と思い、すぐに購入。調べると『ABEMA Prime』に2度目のご出演をなさっていたので、こちらも拝聴。
……と、本書を手に取ったのはこんな流れでした。
読んだ感想
この本を読み、トゥレット症とはどのような症状が出て何が大変かということへの理解が深まりました。
想像はしていたものの、それ以上に、はるかに苦労が多いのだと感じました。
例えば運動チックや音声チックの症状。動画で、ご自身の名前を書くのが大変ということや
それによってご家族はもちろん、障害者手帳は引越しをして住んでいる自治体が変わると、いちから手続きをしなくてはならないとか。
たしかに障害者手帳には「〇〇市」って書いてあるから、市ごとに取得しないとならないんだ……と思いましたね。
酒井さんはお父さまの転勤の兼ね合いで引越した当時、就職活動時期だったのだそうです。
当時のことは、以下のように語られています。
「障害者手帳 引越し」でいくつかの自治体で情報を調べたところ、たしかに「転入手続き後に障害者支援窓口(自治体によって呼び名が違う)へ」とかって書いてある。
取得に数週間もかかってしまうっていうのは、特に大変なことだと思いました。内部でどういった工程を経て交付になるのかわかっておらず無責任な意見なのかもしれませんが、せめてこのあたりの不便さがもう少し解消されたらなぁ、なんて。
そしてこの本を通して酒井さん、すごいなぁ……と思ったのは、酒井さんが、ときにはクラスで友人を作るため、またあるときには自分が抱える病気のことを知ってもらうために、自ら能動的に行動なさっていた点です。
この本には、ところどころに酒井さんのマインドというか、考え方が書かれています。
同じ病気を持つ方に対するアドバイスが多々あり、同じ境遇の当事者や関係者にとって役立つなぁと感じると同時に、障害を持っていない方に対しても通ずるアドバイスだなぁと思いました。
例えば自分の話で恐縮ですが、私は「とにかく眠い」「ひとりの時間がほしい」「苦手な音に対して体力が消耗する」というタイプ。
たまたま休憩が重なった方と話しているときに会話の流れで、ひとりが苦にならないタイプとか、気圧が下がるとホント眠くなるとかって言っていたのですが、それらを伝えられていない人もいたかなぁ、と。
でも、もし逆に自分が誰かから「こういうタイプ」「これが大変」といったことを聞いていたら、何か配慮してお互いのよきところの均衡をとれるな、と思いました。
環境に対する自分の要望ってあまり言えない場合もあるのかもしれませんが、自分がパフォーマンスを発揮してより貢献するためにも、伝えていったほうがいいことだなぁと。こちらの本を読みながら、いろいろと考えさせられました。
*
ところで皆さんは小学生、あるいは中学生の頃に学校で障害のことを学ぶ機会ってありましたか? 思い返してみたのですが、私はあまりなかったかなぁと思います。
小中学生の頃、どんな内容を学んだのかを思い出してみました。思い出されたのは総合学習や家庭科の授業で「マルチ商法に気をつけましょう」とか「覚醒剤を使うと人生が壊れます」などと先生が言っていた場面。
ところが障害のこととなると、あまり教わった記憶がないような。大人になって「もっと障害や、税金のことを教えてほしかったなぁ」と思っているこの頃です。
職場体験で保育園や障害者施設に行った経験はあっても、学校からは「どうやって電話をかけるか」「どうしたら失礼がないか」「あいさつは元気に」のような教えが多かったような。
もう少し「どういった症状を持つ方がいるのか」「どんな苦悩があるのか」「こうした仕事に期待される役割とは」みたいな内容を知りたかったな。
やはり小さい頃に習った内容って大人になってもずっと覚えているというか、根底に教えが残ると思うんですよね。他者理解にもつながる。
酒井さんは本書のなかで、小学校に通う子に病気に関して伝えることの重要性を説いています。
この本のなかには酒井さんがアメリカで体験したこと、それと日本との違いも書いてあり、障害をお持ちの方に対する周囲の反応が違うなと感じました。
詳細はぜひ本書でご確認いただきたいのですが、簡単にいうと「アメリカのほうが大分進んでいるなぁ」と。
転職が当たり前になっているとか、会社に属さない人が増えているとか、アメリカで起きた現象は10年後に日本にやってくるなんて言葉を聞いたことがあります。
将来への種まきとして、小さい頃から病気のことを学ぶ機会が多くなるといいなと思いました。実際、私ももう少し学びたかった。
当時、違う学年に特別クラスに所属する方がいて、先生と二人三脚で学校生活を送っていたのを覚えています。
ただ、他の学年だったことに加えて縦割りの交流があまりなかったので、その方がどんな学校生活を送っているか、何が大変なのかが詳細にはわかりませんでした。
『トゥレット症の僕が「世界一幸せ」と胸を張れる理由』を読むと、トゥレット症を持つ酒井さんの体験や苦悩、考え方を知れて他者理解につながります。
決して「障害者」とか「トゥレット症」などの大きなラベリングをしてすべてに同じ物事を当てはめてはいけないなぁ、という点もあらためて感じました。
私にとってこちらは、行動や考え方、社会を見る目など非常に学びになり、考えさせられることが書かれている本だと思いました。
大分長くなってしまいましたが、おわり。
こちらの本を見かけたら、ぜひ手に取ってみてください。そしてこうした症状を持つ方がおられるのだと、身近にいる方に伝えてみてください。
扶桑社さんのホームページで詳細を見られます。
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