見出し画像

私の好きな短歌、その21

戦死者をラヂオが読みあぐる昼つ方われは校正の筆つづけをり

 半田良平、歌集『幸木(こうぼく)』(『日本の詩歌 第29巻』中央公論社 p97)より。

 解説によれば昭和12年(1937年)初秋の歌。同年7月に盧溝橋事件が起こり、日華事変が始まり、戦争は次第に拡大されていったとある。戦争が遠くで起こり、広がり始めている不穏な空気である。ラジオで戦死者を読み上げることができるのは、まだ戦死者が少なかったからなのかもしれないが、否が応でも戦争の実感が湧いてくることだろう。それを聞きつつも、目の前の仕事を続けるのが市井の人々だ。しかしこうして聞き流して眼の前の仕事だけをしていれば、戦局は広がり、いつのまにか手がつけられないほどになり、自分の身も巻き込まれていってしまう、ということを後の世の我々は知っている。そういう意味では緊張感に満ちた一首である。まさに戦争が進行しつつあるときに、一個人がそれに抗うことはできるのだろうか。私ならば、心に不安を抱えながらも仕事をいつもどおり続けてしまうだろう。上句と下句の対峙が戦時下の心持をリアルに表している。

 1937年(昭和12年、作者51歳)作。作者生没年は1887年(明治20)ー1945年(昭和20)享年59歳。『幸木』は遺歌集で、1948年(昭和23)刊行。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?