私の好きな短歌、その22

兵一人あまさず死にて言絶えしアツツの島を誰(たれ)か忘れむ

松村英一、歌集『標石』(『日本の詩歌 第29巻』中央公論社 p121)より。

 第二次世界大戦、昭和18年5月29日、アッツ島玉砕のニュースに接しての歌だという。私はアッツ島玉砕という言葉を知ってはいるが、「誰か忘れむ」という感情が起こるほどの臨場感は伴っていない。一首はまさにその臨場感の中で歌われたものだ。時は過ぎ、昭和が平成となり令和となった。今、アッツ島玉砕を知っている人はどれだけいるだろうか。時代は流れ、過去の大事件もいつしか忘れ去られていく。一首はしかし、忘れられる悲しみを歌ったものではもちろんなく、玉砕を知ったその強烈な感覚があり、よもやこれを誰も忘れないだろうと詠っているのである。しかし、今一首を読むとそれとは逆に、時の流れに総てが押し流されていく虚しさを感じさせる歌となった。短歌から当時の感覚が読み取れて興味深い。

 『標石(へうせき)』は未刊歌集で昭和8年から18年の作(昭和18年時点で作者は55歳)。作者生没年は1889年(明治22)ー1981年(昭和56)享年93歳。

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