私の好きな短歌、その48
言のはもかはすばかりにふじのねをあるじとむかふ宿のたかどの
成島峰雄(勝雄)『ふ士の日記』より。(岩波書店 『近世歌文集 上p511(新 日本古典文学大系67)』)
『ふ士の日記』とは、解説によれば、書物奉行である作者が幕命で天明8年(1788年)11月9日から、駿河までの公務旅行をした折の歌文日記。このとき作者(1748-1815)41歳。
現静岡県富士市今泉に来ての歌。歌の前に以下の文がある。
楼にのぼりて、まどの戸はなちたれば、ふじはたゞまのあたり入きたりて、あるじがほに、したしくうちむかへり。吹いる朝かぜもさむからず。
作者も「たかどの」に居て、下から見上げると、富士との対比で一幅の絵のようだ。上二句「言のはもかはすばかりに」と四句「あるじとむかふ」で、富士山の大きさが親しみを持って迫ってくる。この、雄大であり、かつ親しみが湧く瞬間をいかに詠うか、容易ではないと思う。