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初期の「くぎ煮」育成の取り組み・会長・山中勉の回想〜いかなごの「くぎ煮」その5〜

1971年(昭和46年)に神戸土産として商品化し、国鉄の三ノ宮駅で販売を始めましたが、駅を利用する方は「くぎ煮」を知らず、全く売れないまま2〜3年過ぎました。
名誉会長の回想の続きです。

「くぎ煮」の販売にアノ手コノ手

自信をもっていけると踏んだ商品だけに、そう簡単にあきらめるわけにはいかない。
新しい販売策にあれこれチャレンジする中、三田市付近から竹の皮を仕入れ、「いかなごのくぎ煮」を入れた袋をそれでくるんだ。
それをヒモで結ぶと、ちょっとした〝高級品〟に仕上がった。
おみやげとして、なかなかの見栄えである。
これが当たったのである。
というのも、そのころ、なんでもかんでもプラスチック製になっていた。
技術が進歩し、コストの問題もあって、この竹の皮にしろ、プラスチック製の〝ホンモノもどき〟の製品が主流だった。
たしかに、見た目にもよくできているが、しょせんはニセモノである。あまりにそれが当たり前になれば、誰しも〝薄っぺらさ〟を感じるようになる。
そこに、ホンモノの竹の皮でくるんだのである。
これが消費者の感性を刺激した。新鮮に映ったのである。
世の中、何が当たるのか、わからないものである。
もちろん、それなりに販売価格は上がったが、「銘品」は当然ながら高い。売る側としてはありがたいことである。
鉄道弘済会には商品を卸すだけで、売店で売るのは先方である。
つまり、売店には他社の商品に交じって並べられる。これでは「伍魚福」のブランドをアピールできない。
売れ行きも、思ったほどではなかった。
ここは自分で売らなければならない。そのために自前の販売コーナーを出したいと思ったが、これがそう簡単にはいかない。有名な店でないと、なかなか駅に単独の売り場を出させてはくれなかったのである。
そのころ、一番売れていたのが新幹線の新神戸駅で、何度も鉄道弘済会に頼んで、ようやく出店を許可してもらった。
当時、ほかに許可されていた会社が二社あり、うちを含めた三社で期間を決めて、交代で売り場を開設することになった。
これでうちの商品だけで、売り場をつくれることになった。
単独の売り場ともなると、やはり多くの商品を並べる必要がある。
そのため、新しい商品も開発した。
当時、百貨店でおみやげなどとしてよく売れていたのが「松茸昆布」だった。
これをヒントに、「松茸昆布」のほかに「椎茸昆布」「肉のそぼろ煮」「牛肉の角煮」「牛肉のしぐれ煮」などを次々と商品化した。
いずれも竹の皮でくるんで店舗に並べた。
これらといっしょに「いかなごのくぎ煮」を売った。
(誰か、売り子がいるなぁ・・・。やっぱり女性でないとなぁ・・・)
社員の顔を順に思い浮かべながら思案した。
(誰が一番売るのがうまいか・・・)
と考えているうちに、妻・逸子(いつこ)の顔が浮かんだ。
(そうや。あいつや!。あいつがええ。会社のこともようわかっとるし・・・)
うちに帰って、
「おまえ、売り場に立て」
といやがる妻を押しまくり、売り子になってもらった。
念願の売り場が実現したが、そこにはある決まりがあった。
毎日ある決まった金額を売らないと、次から許可が出ないのである。
せっかくわが「伍魚福」の売り場を出したのに、売り上げ不振で撤去しろと言われてはかなわない。
もっと売る方法はないかとあれこれ考え、試食販売もやった。
とにかく、多くの人に知ってもらわないといけない。ここがかんじんだった。
知名度を上げるため、「いかなごのくぎ煮」のいわれを書いた説明書きを作り、駅などあちこちで配りまくった。
大きな声では言えないが、奥の手も使った。
売り上げが目標に届きそうにないと、姉や親戚や知人に頼んで、サクラになって買いに来てもらったのである。
なにがなんでも、毎日の売り上げは達成したかった。
必死だった。
文字通り、一から育てていったようなものである。
こうして、徐々に売れるようになっていった。
なんとか、これを銘品にしたいと、もう一生懸命だった。
私は毎日のように、売店の様子を見に行った。気が気ではなかった。
のちのちのことになるが。
昭和五十年ごろのこと。この「いかなごのくぎ煮」は、わが社の通信販売の第一号の商品になった。
なんとか人手をかけずに売る方法は、と通販に挑戦したのである。
五万件ほどの企業が載った名簿を買ってきて、サンプルを入れてダイレクトメールを送ったら、びっくりするほどの反応があり、大量の注文につながった。
「食ったら、うまかった」
そんな声をたくさんいただいた。
やはり、他地域には知られていなかったのである。
これはうれしかった。
そして、昭和五十九年一月二十日、「くぎ煮」の商標登録を申請し、六十二年十月二十七日に登録された。
このあたりでは格別珍しいものではなかったため、長年、誰も「商品」としてとらえていなかったからだろうか。登録を申請すると、簡単に認められた。
一般的な名前だと思われているが、正確には伍魚福の登録商標なのである。



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