小倉城下町さんぽ・鷗外さんの「小倉日記」⑬初めての視察・佐賀
七月三日。朝小倉を發す。
沿道田圃間多く櫨樹を裁ゑ到處蔭をなす。午に近づきて佐賀に至る。
新馬場松川屋に投宿し、午餐す。午後市役所に至り、壯丁を検するを見る。 此地河水を飲む。夜熱く戸を閉さずして眠る。
明治の知識人ですから使っている漢字も難しく、現代人にはなかなかわかりにくいですね。
7月3日、(九州鉄道で)小倉を出発、第十二師団隷下(配下)の佐賀、福岡などの徴兵検査場、衛戍病院を巡回しました。「壮丁を検するを見る」とは軍医部長ですから、佐賀市役所での徴兵検査に立ち会ったのです。
沿道の田んぼの畔にハゼノキが植えられているのを見て、途中の風景やその地の風習などにも興味を示しています。
江戸時代、西日本の藩ではどこも藩政改革の一方法として実が蝋燭(ろうそく)の原料になる櫨(はぜ)を植えるのを奨励していました。筑後地方など今でもハゼ並木があります。
佐賀市では新馬場通りにある「松川屋」に投宿しました。
新馬場通りとは松原神社の門前町で、昭和の中頃まで大変賑わっていました。大正時代には松本屋、荒木屋等たくさんの旅館が立ち並んでいましたが、なかでも嘉永6年(1853)創業で漆喰壁の土蔵造りと堂々とした表玄関のある松川屋は、多くの著名人などが宿泊した老舗旅館でした。
鷗外さんは松川屋での宿泊のほか、佐賀では川の水を飲むとか、夜は暑いので戸を開けたまま眠るなどと、衛生学者らしく生活にも触れ、当時の佐賀の様子も伝えています。
余談ですが、昭和32年(1957)には、松本清張さん原作の映画「張込み」(野村芳太郎監督、大木実、高千穂ひづる、高峰秀子)の関係者が宿泊しました。現在の家主である西村雄一郎さんは、このことがきっかけで映画評論家になったそうです。
以来、故・黒澤明監督や故・大林宣彦監督をはじめとする映画関係者とも交友を深め、松川屋は、映画とは切っても切れない場所となっています。残念ながら平成22年(2010)に松川屋旅館は営業をやめましたが、現在は重厚な建物を核としてさまざまなイベントなどで活用が行われているようです。
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