病気で手が動かなくなり、一度は諦めたジャグリングの大会に8年の歳月を経て出場できた話
この記事はジャグリングアドベントカレンダー2020に参加しています。
https://adventar.org/calendars/5474
僕は首~手にかけて機能障害があり、ハンデを持った状態でジャグリングしています。
平山病という病気です。
今までそれをなるべく人に言いたくないなと思ってました。
自己憐憫に浸って周囲の注目を集めようとする行為が嫌いなので、そう思われたくなかったからです。
ただ、だんだんと無理に隠さなくてもいいんじゃないかと思うようになってきたので、試しに人目に付く場所に書いてみて、その後の自分の気持ちを観察しようと思いました。
また先日(12/19)、日本ジャグリング協会主催の日本ジャグリングオンラインステージに出場しました。
これは僕のハンデと関わりがあるので、合わせて書いていきたいと思います。
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平山病とは
首を前傾させると頸椎の神経が圧迫され、その影響で腕と手の神経・筋肉が破壊されるという病気です。つまり、手と腕の機能が弱くなる病気です。発症率は10万人に1人くらいのようです。
そして、画期的な治療法は見つかっていなく、これ以上悪くならないように注意して付き合っていくしかない病気です。
僕の平山病の発症は、小学校の頃だと思います。
風呂場で髪を洗う時に左手に強い痺れが走ることが多くありました。
その後は、痺れなどの目立った症状が無かったので、気づかずに過ごしていましたが、
・電子ピアノの練習をしたときに左手が明らかに開かない
・コンタクトボールの練習したときに、右手はボールが手の甲に乗るのに左手には乗らない
ことがありました。
その時は、右利きだから…鍛えればなんとかなるかな…と思っていましたが、
今思えば病気の症状でした。
発覚・診断は大学四年生の就職活動時期です。
この時期に症状が急に進んでどんどん悪くなりました。
おかしいと思い整形外科などを何軒もハシゴして、結果、大学病院で診断を受けました。
僕の具体的な症状は、
・左手の握力が弱い(15kg程度)。
・左手の開く力が極端に弱い(少しでも横から抑えると開かない)
・左手の指を反らす力が極端に弱い(少しでも上から抑えると反らない)
・左手の小指の感覚がほとんどない
・左手の薬指、中指、手のひらの右半分の感覚が弱く常に痺れている
・左手がこわばっていて動作が鈍い(右手の1/2程度の速度)
・手を冷やすと上記の症状が強まる
・左腕の筋肉が右腕と比べて少ない
・左足に少しの痺れがある
・首を前傾させると症状が悪化するので注意しなければならない
左側の症状が重いので、右腕と左腕の太さが全然違うことがわかると思います。
ジャグリングは、特に極めようとすると両手を精密に使う必要のある場合が多く、
平山病を患っていると出来る技術の範囲が大きく限定されてしまいます。
・クレイドル、フィッシュテールなどの手の甲に乗せる動き
・ハチリン、フラリッシュなどの指先で回す動き
・クラブ、ディアボロ、デビルスティック、シガーボックス等の重くて硬いものをキャッチする
は物理的に不可能です。
そのほか、左手を使う動作は全般的にやりづらくなります。
僕はこのときがちょうど、上達速度が急に上がって一番ジャグリングが楽しいと感じていた時期でした。
大学の授業と生活する以外の時間はほぼ全ての時間をジャグリングに費やし、大学を卒業した後は、僕だけでなく、周りも僕が今後もジャグリングと共に人生を歩んでいくことを確信していたと思います。
そんな良い時期に自分の病気のことを知り、今後の可能性が一気に閉ざされたように感じて、とても悲しく思った記憶があります。
なんで自分なんだろうと思いました。
大会への挑戦と合併症の発症
手の機能障害があっても努力すれば上手になり、認められることを証明したいと思い、大会に出たいと思うようになりました。
今は日本でのジャグリングの大会は多いですが、
2012年当時は、日本ジャグリング協会主催のJJFチャンピオンシップが一番大きな大会で、あとは数個しか選択肢がありませんでした。
なので一番大きなJJFチャンピオンシップに挑戦したいと考えました。
そのために、できるだけ練習をたくさんして技術を上げようと考え、
当時は、社会人1年~2年目で、会社から帰ってきて最低1時間、休日は最低4時間は睡眠を削ってでも練習すると決めていました。
しかし、これは努力という名の体の良い現実逃避でした。
会社の雰囲気になじめず毎日辛いと思いながら出社していたことや、病気を意識したくないがために、大会への努力という名目で完全にジャグリングに逃避して依存していたのです。
病気によって手の筋肉が極端に少ないのに、ストレスの掛かる状況で無理な練習を続けた結果、
今度は重度の手の腱鞘炎にかかってしまいました。僕はJJFチャンピオンシップの予選に出すルーチンを作っている途中でジャグリングが出来なくなりました。
腱鞘炎の回復のために1年くらいジャグリングを一切せず、なるべく手を使わないように生活するよう、医師から言われ、JJFチャンピオンシップへの挑戦は断念せざるを得ない状態になりました。
この期間は、振り返ってみると最も辛い期間でした。今まで努力してきたことが全て水の泡になってしまったし、ご飯を食べても味がせず、もう二度とジャグリングができないかもしれないと文字通り絶望していました。
また、両手の激痛によってペットボトルのふたも開けられないような状態で、常に身体に痛みのある生活を送っていました。
その後のジャグリングとの向き合い方
ジャグリングを一切しない期間、ジャグリングもうやめたほうがいいんじゃないか?と考え、ジャグリングのことは忘れて、別の夢中になれることや他人に評価してもらえることを探していたのですが、どうしてもジャグリングの楽しさを忘れることができませんでした。
ポイを回した時に身体に遠心力が掛かる感覚の気持ちよさを思い出してしまっては何とも言えない気持ちになりました。
このことで、他人と比べてすごくなるとか、評価されるとかでなく、
「ジャグリングそのものを楽しむ」
ことが自分にとっては一番大切なのだと気づきました。
そこから、
・身体の状況を最優先にすること
・生活や思考のほとんどをジャグリングに注ぎ込まないよう自制すること
・ジャグリングの目的のうち、「楽しむ」を優先すること
を決め、ジャグリングを少しずつ再開してみました。
その後は、パフォーマーをしてみたり、技術の向上を無視して表現方法についてだけ追及してみたり、ゆっくり技術が向上するのを楽しんだり、それらに飽きたらやめてみたり…etc
そのとき楽しいと思うジャグリングとの関わり方を繰り返して、今に至ります。
日本ジャグリングオンラインステージに挑戦
ただ、ひとつ心残りがありました。
大会(JJFチャンピオンシップ)の予選動画を提出して、挑戦だけはしたかったと思っていました。
当時は予選動画の撮影前に腱鞘炎になってしまい挑戦できず、
ジャグリング再開後も、人の集まるところに行くのが大きなストレスという僕の特性上、大会会場にいれないだろう、という理由で挑戦できず、毎年挑戦者の人たちをただ遠目から眺めているだけでした。
しかし、今年はチャンスが巡ってきたのです。JJFチャンピオンシップへの出場を断念してから、8年が経っていました。
コロナ禍でいろんなもののオンライン化がなされ、ジャグリングの大会も試験的にオンラインのものが出てきました。
その中でも、日本ジャグリングオンラインステージは、予選動画を審査され、本選では動画をLive配信するという形式でした。
挑戦できなかったJJFチャンピオンシップと似た形式で、しかも人の集まる会場に行かなくても良い、僕でもこれなら参加できる、とても良い条件です。
ひとまず、エントリーして予選動画を出しました。
当初は、動画提出するところまでが目標だと思っていたのですが、
やっぱり一生懸命作って動画に取ったルーチンなので、本選で多くの人に見てもらいたかったようです。予選通過の結果が出る日まで、ドキドキして過ごしていました。
これも当時に感じたかったけど、感じられなかった気持ちですね。
そして予選を無事通過することができて、本戦が配信されるまでの間、その喜びをひしひしと感じて過ごしました。
本戦が動画配信されて、自分の動画が配信されている間はとても緊張しました。
自分の動画の配信が終わった後は、やれることはやったはず…と他の出場者の方々の動画を見ながら、
あぁ、このレベルの高い大会に参加できたんだなぁ…と感慨深い気持ちでした。
そして、審査結果が発表されると、3位で自分の名前が呼ばれました。
つい、やった!と声が出ました。
出場、さらに入賞できて過去の心残りが解消された気持ちで、この記事を書いている今も、思い出してはとても嬉しい気持ちになります。
オンラインステージのルーチンについて解説
曲はアカチェリーナ4世さんの「旅路」です。
アカチェリーナさんは、札幌で活動している弾き歌いミュージシャンです。
この曲を使ったルーチンは、僕が1年の休養から復帰して一番最初に人前でやったルーチンです。当時はパフォーマーとして活動を考えていた時で、タイミングよくコラボのお話をいただき、作ったものでした。その後もよく人前で演じていた、そのルーチンの再構成版になります。
当時は、ショートバージョンに編曲してもらって、人前での弾き歌い&2ポイでやっていましたが、
今回は、フルバージョンの曲で3ポイメインにしています。
2014年の動画です。
旅路の歌詞の中で、「さよなら」という語が何度も出てきます。
僕は、この曲の歌詞を「さよならしたいものリスト」と解釈しています。
ちょうどこのルーチンを作り始めるときに、さよならしたいものが多く出てきた時期でした。
自分の心境と重なるのでこの曲で作ることを決めました。
「さよなら」の方向性として、いつの間にかなくなっていて欲しいというより、自分の手で断ち切りたい、もやもやしたものを祓いたいという気持ちでいたので、
ルーチンのテーマは「断ち切る」「祓う」です。
過去のJJFチャンピオンシップ挑戦への心残りも、断ち切り・祓いたかったのだと思います。
僕のポイの演技は柔らかく・儚げに・綺麗にというイメージが今まで強かったのですが、
今回は、鋭く・攻撃的に・力強くというアカチェリーナさんの曲のイメージを借りて、いつもと違う感じを出せたような気がします。
旅路の曲全体の雰囲気は、もの悲しい・古ぼけた風景のようなイメージも感じられます。
そのあたりも元々の自分の持ち味とロケーションで出せたのでないかと思っています。
病気の今
平山病によって、今もこれからもですが、傾けるくらいはできても首を前に倒すことができません。首を前に曲げると握力が0に近づく可能性があります。(人によっては握力が0kgになって紙もつかめなくなる場合があるらしいです)
寒い日は特に手が固まってしまうため、練習にも工夫が必要です
ちなみに、腱鞘炎は8年たった今でも慢性化していて、テーピングをして生活しないとすぐに手が痛くなって箸も使えなくなってしまいます。
痛みの程度についてイメージしやすい例えで言うと、手とか足とかがつった時の痛みがずっとなくならない感じの激痛です。
もうすっかり慣れてしまいましたが、不便です。
無理をするとろくなことになりませんね。
おわりに
このコロナ禍の状況で、オンラインステージのようなイベントを実施してくれた日本ジャグリング協会のスタッフの方々には、ありがたい気持ちでいっぱいです。
今後も、病気とはうまく付き合って、ジャグリングを楽しんでいきたいと思っています。