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【対談】岩波書店×山と溪谷社 それぞれの「新種発見」物語

「え?企画がバッティングしてる!?」といきもの界隈がザワッとした岩波書店の岩波ジュニア新書『新種発見物語 足元から深海まで11人の研究者が行く!』と山と溪谷社の『新種発見! 見つけて、調べて、名付ける方法』の2冊。果たしてどのような経緯でこの2冊が生まれたのか? それぞれの本の特色は? 担当編集者がリモートで語り合いました。


塩田春香(岩波書店ジュニア新書編集部)
編集プロダクションなどを経て岩波書店に入社。自然科学書編集部、営業部を経て現職。自然科学書編集部時代には岩波科学ライブラリーの『クマムシ?!ー小さな怪物』や『ハダカデバネズミ』などの生物の書籍を多く担当。自然と生き物が好き。書評サイトHONZのレビュアーでもある。
https://honz.jp/author/h_shiota

白須賀奈菜(山と溪谷社自然図書出版部)
山と溪谷社入社4年目。『あした出会える野鳥100』など散歩道の図鑑シリーズをはじめ、自然・生き物に関する書籍や図鑑を担当。院生時代はきのこの分類が研究テーマ。最近は洋ラン栽培にハマっている。

それぞれの出版に至った経緯は?

――それぞれどういう経緯で企画が決まったんですか?

塩田
 もともと法政大学の島野智之先生とジュニア新書で何か1冊……というお話しがあったんです。で、ちょうど先生がリュウジンオオムカデの記載をされたので(2021年4月)、「新種発見にまつわるドラマを、いろいろな研究者に語ってもらえたらおもしろいのではないか」とご提案して、今回の企画をたてました。

岩波ジュニア新書
『新種発見物語 足元から深海まで11人の研究者が行く!』
島野智之・脇 司 編著
新書/270ページ/定価1232円
【内容】
発見の裏には、たくさんのドラマがある! 子どもの頃から追い求めて、偶然見かけて――ちょっとした疑問が、深い探究へとつながっていく。舞台は身近な環境から遠く危険な未踏の地まで。虫、魚、貝、鳥、植物、菌類など未知の生物との出会いにワクワクしながら、研究者たちの歩みを追体験。分類学の基礎も楽しく身につく、濃厚な入門書。

岩波書店HPより

白須賀 わたしの方はツイッターで「#新種発見のエピソード」が盛り上がっていたので(2021年9月)、エピソードもおもしろかった岡山大学の福田宏先生にご連絡したところからはじまりました。先生からハッシュタグをお作りになった農研機構の馬場友希先生にお声がけいただき、今回の話になりました。

『新種発見! 見つけて、調べて、名付ける方法』
馬場友希・福田 宏編
四六判/224ページ/1870円
【内容】あなたも新種を発見できる! ツイッターのタグ「#新種発見のエピソード」に寄せられたお話を中心に、21人の新種発見のエピソードを収録。発見者は4歳~研究者まで、発見地は南西諸島~北海道まで、時には自宅の駐車場、SNSでも発見!? 多種多様な新種発見談にわくわくが止まらない! 昆虫、クモ、鳥類、貝類、魚類、植物、菌類、古生物など19種の生物が登場。新種はどこにいる? 学名や記載って何? 記載論文って何が書いてあるの? といった、分類の基礎知識もわかりやすく解説。生物観察の夢が広がり、分類の理解も深まる一冊です。

山と溪谷社HPより

――お互い、それぞれ同じような本が進行しているのは知ってましたよね?

塩田 そうですね、話には聞いていました。ただコンセプトも、掲載するエピソードもちがうし、それぞれ個性のある異なる本にできるだろうなと思っていました。ジュニア新書は書店で生物の棚に置かれないことも多いので、むしろヤマケイさんの本と生物の棚で併売してもらえたらラッキー!という下心もありました。

 白須賀 わたしの方も、福田先生から島野先生にお声がけした段階で、岩波さんの話は聞いてました。ジュニア新書とは書店の棚や読者層もちがうし……とは思っていましたが、上司からは「岩波さんより早く出せ!」とハッパをかけられました(笑)。

――塩田さん……さっきから気になっていたんですが、その後ろに写っている山溪の本だらけの本棚はなんですか!?

塩田 気づいていただけましたか! わたしのヤマケイさん愛を知っていただこうと思って、週末にヤマケイさんの本を集めて並べ直したんですよ!

塩田さんの背景が山溪の本ばかりになっている……

白須賀 ありがとうございます!(笑) わたしも岩波科学ライブラリーとか広辞苑を後ろに並べればよかった……。HONZさんでもたびたびうちの本をご紹介いただいてますよね! 本当にありがとうございます。


――えーと……話を元に戻しますと(笑)、この2冊、確かに似ているけど、それぞれ違いはありますよね? 互いの本を見てどうですか?

白須賀 岩波さんの本は、ひとつひとつのテーマがうちのものより長くて、その生物に興味を持ったきっかけ、リアルな就職話とか、研究者自身の人生から語られているのが面白かったです。これから研究者を目指す高校生は必読ですね! それから、海外での新種発見が取りあげられているのも夢が広がる感じがありますね。

塩田 ヤマケイさんのほうは執筆者の人数が多いから、ガチの研究者だけではないのがいいですね。新種発見にいたる経緯もバリエーションに富んでいて、中には身近な場所での新種発見もあって。じっさい、新種発見は一般の方の協力なしにはできないことも多いので、「誰でも新種発見者になれる!」というメッセージを感じました。それに、SNSを通じた発見エピソードなどから、これまでとはまったくちがうアプローチで分類学が発展していくのではないかという可能性も実感できました。

「新書」らしく読み物シフトの岩波書店(左)。多くの事例を端的に並べた山溪(右)

――そもそもジュニア新書ってどういうシリーズなんですか?

塩田 岩波ジュニア新書は高校生ぐらいをおもなターゲットにしていて、基礎的な教養を身に付けたり、進路を考えたりするための参考になるようなシリーズになっています。ですから、今回も職業としての生物学者のバリエーションを意識して、生態学がご専門の方や、大学や研究機関の研究者だけでなく博物館の学芸員の方などにもご執筆をお願いしました。……じつは大人の方の学び直しにもよく使われるので、陰では「シニア新書」と呼ばれている、という噂もあるんですけど(苦笑)。とはいえ、本書では、生物好きな若い人の進路選択に役立ちそうなエピソードもできるだけ入れていただいています。

白須賀 だから、そもそもの研究者になるプロセスというか、執筆者の人生が書かれていて、単なる新種発見の話だけになっていないのは、シリーズのコンセプトによるものなんですね。納得です!


どうやって執筆者を決めたのか?

――それぞれ執筆陣はどうやって決めたのですか?

塩田 今回は、さっきお話しした点を島野先生にお伝えして、先生にご推薦いただきました。ただ、理系の研究者は女性が極端に少ないですよね。ジュニア新書の役割としては、生物好きな女子生徒が本書を手に取ったときの気持ちも考えて、女性でおもしろい研究をしている方にも加わっていただきたいなと。でも、なかなか書ける方が見つからなくて、以前担当した『カイメン すてきなスカスカ』という科学ライブラリーの著者・椿玲未さんにお2人紹介していただきました。

白須賀 確かに。とくに女性の分類学者って少ないですよね。うちの本では結局全員男性になってしまいました。その分、巻末の対談にNHK「ダーウィンが来た!」で2022年の夏に放映された「 新種発見!身近に潜む大スクープ」を担当されたディレクターの中島未由希さんとわたしが入ることで、本としては2名の女性が入ることにはなったのですが(笑)。

塩田 「ダーウィンが来た!」のあの番組も、ツイッターの「#新種発見のエピソード」がきっかけなんですよね?

白須賀 そうなんですよ。紙の出版がジタバタしているうちにNHKさんのテレビが一番早かったんですよね(笑)。

「ダーウィンが来た!」の製作ウラ話はこちら→NHKのサイトに飛びます

塩田 ヤマケイさんの本は、出版後にツイッターでも「分類学者だけじゃない多様な人たちが載っているところがおもしろい」と話題でしたよね? 

白須賀 実はそこは結果論で、まずはあのハッシュタグでおもしろい新種発見の投稿をされていた人を中心にして、発見した「種群」と発見に至る「パターン」の多様性を意識して執筆者を追加していったんです。そうしたら結果的に人数が多くなり、そのお立場の多様性もかなり出た……ということだったんです。確かにツイッターのコメントにもありましたが、今は分類学者だけでなく生態学者も新種記載をすることが増えていますし、SNSの発達で一般の人の発見でも、研究者がそれをすくい上げて新種記載するというケースもありますしね。

苦労したところはどこですか?

――学者先生の原稿って、人によってはかなり難解になることもありますが、今回、編集でいちばん苦労したのはどこですか?

塩田・白須賀 用語の解説ページですね!

――同じなんですね!?(笑)

白須賀 ただでさえ生物の分類は専門用語が多くて複雑なのに、動物と植物で使われる用語が違ったりするんですよね。わたし自身、きのこの分類にしか触れたことがなかったので、編集しながらかなり混乱しました。命名規約が動物と植物でちがうとはいえ、基本的な用語は同じかと思っていたのですが……。

『新種発見!』(山と溪谷社)の用語集

塩田 こちらでは重要な用語に関しては読み物として巻末にまとめました。対象とする生物が異なる著者全員が納得できる解説にするには、何度も確認と調整が必要でした。当然わかりやすさと正確さを共存させなければならないので、すごく難しかったですね。

『新種発見物語』の巻末にまとめられた「知識メモ」

白須賀 ホント、そうでした。皆さんそこの部分のこだわりが強いですしね(笑)。

塩田 そうですね(笑)。編集しながら、改めて分類の奥深さを実感しました。専門用語は一見難しそうに感じる人もいそうですが、どちらの本も、「そもそも新種って何なのか」という基本から易しく解説していますよね。どちらも、どんな読者にも楽しんでもらえる本だと思っています。ぜひ、2冊セットで読んでもらえたら、お互いの本を補い合って、より楽しんでいただけると思います!

白須賀 分類や新種発見の面白さを読者に感じてもらって、ここから新たな新種発見が生まれたら嬉しいですね。

――今日はありがとうございました。


最後にお互いの本を持って記念撮影をしました