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【読書感想文】永井荷風が見つめた、戦争の傷跡と再生『にぎり飯』

永井荷風の『にぎり飯』は、戦後の東京を舞台に、偶然の出会いから始まる男女の物語です。東京大空襲で全てを失った二人が、互いを支え合いながら、新たな人生を歩み始める様子が描かれています。まるで焼け野原に咲いた一輪の花のように、静かに、しかし力強く生きる人々の姿が印象的です。

本書の見どころは、荷風の鋭い観察眼が捉えた戦後の東京の風景描写でしょう。「停車場」と呼ばれる駅の様子や、焼け跡の中で必死に生きる人々の姿が、まるで古い写真を見ているかのように鮮やかに描かれています。特に、主人公たちが初めて出会う場面。混雑する駅のホームで、偶然にも同じ「にぎり飯」を手にした二人の視線が交わる瞬間は、当時の東京の人々の日常が凝縮されているかのようです。

本書を読むと、不思議と心が温まります。戦争という極限状態を経験した人々が、それでも前を向いて生きていこうとする姿に、感動せずにはいられません。しかし同時に、あまりにも都合よく話が進むため、現代人の視点から見ると、少し「物足りなさ」を感じるかもしれません。

荷風の筆は、時に辛辣で皮肉に満ちていることが多いですが、本作では珍しく優しさに満ちています。それは、戦争という地獄を経験した人々への、作者なりの温かいまなざしなのかもしれません。まるで、おにぎりを握るように、丁寧に言葉を紡いでいるような印象を受けます。

翻って現在、世界では新たな戦争の危機が迫っています。そんな今だからこそ、この小説が持つ意味は大きいでしょう。たとえ厳しい状況にあっても、人生の糧となる「にぎり飯」のような希望を見出す勇気を、この作品は静かに、しかし確実に伝えてくれます。

読み終えた後、なぜか無性ににぎり飯が食べたくなりました。それはきっと、人生の機微を噛みしめているような、そんな感覚からなのでしょう。コンビニで買ったおにぎりを食べながら、戦後の東京を歩く主人公たちに思いを馳せる。そんな体験も、この小説ならではの楽しみです。

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