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【読書感想文】酒の滴に宿る文豪の心『酒の追憶』
太宰自身の酒にまつわる回想を綴った短編エッセイです。日本酒を中心に、様々な飲み方や場面を通じて、太宰の酒との付き合い方が描かれています。冷酒や杯酒、さらには異なる種類の酒を混ぜて飲むチャンポン酒など、彼の経験に基づく酒との関わりが生き生きと描写されています。
本書の見どころは、太宰独特の繊細かつ鋭い観察眼と、それを表現する巧みな筆致にあります。例えば、冷酒を飲む際の描写では、
「ひや酒は、たしかに、水では無かった。ひどく酔って、たちまち、私の頭上から巨大の竜巻が舞い上り、私の足は宙に浮き、ふわりふわりと雲霧の中を搔きわけて進むというあんばいで~」
といった細やかな感覚が克明に記されていて、太宰と共に酒を味わっているかのような臨場感があります。
それにしても、肺結核を患っているにもかかわらず、なぜか太宰は酒を愛し続けているんですね。時折喀血しながらも、酒を手放さない様子から、彼の創作への意欲は衰えていないことが分かります。
本書を読んで、太宰の酒に対する愛着と、それを通じて表現される人生への態度に深い印象を受けました。彼の文学世界を理解する上でも、重要な一編と言えます。