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【読書感想文】生存競争を生き抜く人類のドラマ『華竜の宮(上)』

ホットプルームによる海底隆起で多くの土地が水没した25世紀。人類は新たな環境に適応しながら生き抜いていた。海原に住む人類「海上民」は、巨大な生物船「魚舟」によって生活し、陸を拠点とする「陸上民」はわずかな土地と海上都市で高度な情報社会を築いている。この新たな世界で様々な利害関係を調整しながら共存のための交渉を続けるのが、本作の主人公である外交官の青澄誠司だ。

地球の変動によって人々が分かれて暮らす中、異なる立場の人々との対話を通じて共生を模索する青澄の生き様は、本作のテーマと言ってよい。彼は、自らの信念を貫く一方で、周囲の状況に柔軟に対応しなければならないという葛藤を抱えており、さまざまな立場の人々と向き合い、時には自らの信念を揺るがすような状況にも直面する。それでも、彼は諦めずに対話を重ね、妥協点を見出していく。

この作品のもう一つの魅力は、その緻密な世界観である。25世紀という未来の地球における社会構造や技術、海上都市の様子や陸上の限られた土地での生活一つ一つに至るまで現実味を帯びた描写がされており、まるでその世界を実際に歩いているかのような感覚になった。特に、魚舟の描写は圧巻で、その巨大さや生物的な質感がリアルに伝わってくる。

さらに、物語の背景には、環境問題や社会的な対立など、現代社会が抱える課題も反映されている。人類がどのように未来を切り開いていくのか、その選択肢がどれほど多様であるかを考えさせられることが、この作品の大きな魅力の一つだと言える。

そんな本作を読んで私が感じたのは、未来への希望と不安の両方だった。地球の環境が変わり、生活様式が一変する中で、どのように人々が協力し合っていくのか。上田氏の描く世界は、決して楽観的ではないが、それでも人間の力強さを感じさせてくれる。

このように、本作は、豊かなテーマ性と魅力的なキャラクター、緻密な世界観が融合した近年まれにみる重厚な作品であった。未来の社会が直面する問題を描きながらも、希望と共生の大切さを訴えかける内容は、まさに今の時代に必要なメッセージを含んでいる。下巻に続く展開が待ち遠しく、次はどのような試練が青澄たちを待ち受けているのか、待ち遠しい。

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