【実話】タイ射撃会社ものがたり#7 若山くんの逃亡
若山くんが正社員になったんだけれどチカラ関係はちょっと微妙。
向こうが先に入社なんだけど、正社員歴は私のほうが長い、デスクは社長のともう1つだけ。
ホテルの営業の日誌も私が書いていたわ。
基本的に私が帰ってくると若山くんは私に席を譲らなきゃいけないの。
そんなとことへ社長の高村(こうむら)がヘンな仕事を持ってきた。
「俳優業」
CMの「ガヤ」とかのお仕事ね。
外国人の需要があったの。
私と若村くん、見栄えのよい正社員が二人になったから、勝手に登録してきたのよ。
なかなか楽しかったわ。
30分のCMでも拘束時間は3、4時間。
でもギャランティーがとっても良いのよ。
しかも「取っ払い」
社長は太っ腹でこの仕事はピン撥ねしなかったわ。
この仕事が入ると、本業の『射撃体験』は「臨時休業」
1回目は「俳優業」っていうからヴェルサーチで行ったけれど、けっきょく現地で色合いのあう服に着がえさせられるのね。
そのうち、大きな仕事が入ったの。
結婚式のPR動画。
昼からスタートで終わったのは朝がた。
新婚でお腹の大きな奥さんのいる若山くんは夕方から全身で「帰りたい」オーラを出していたわ。
でも学習院でたぶんご両親にも愛されて育った彼に軽い嫉妬が私にはあったんだと思う。
社長は社長でこの長期ロケのギャランティーでなんの文句があるんだってカンジ。
早朝、若山くんは行方不明になったわ。
彼のギャランティーは社長があずかって、いったん解散。
「今日の出勤は11時でええ」
もちろん休みにはならないよ。
ひと眠りして11時過ぎにオフィスに行くと、社長が先に来ていて、
「若山、飛んだぞ」
「マジすか」
「事務所のまえにあずけてた鍵があった」
「それだけじゃ、わからんのじゃないですか」
「カオル、電話してみい」
注:カオルって呼ばれたんじゃないよ、本名ね、このシリーズではタチバナカオルってことにしておきます。
「あ、破られてますよ」
住所と電話番号を記載したノートのページが無くなっていたわ。
「うーむ、やはりヤツには無理やったか」
「そうかもしれませんね」
「どうする?」
「どうしようもないんじゃ?それより若山くんのギャラ、半分くださいよ」
「おぬしは抜け目ないのう、まぁ、ええ、それはおぬしの権利や」
「でも若山のヤツがいなくなるとツアーがまわらないっすよ」
いなくなったらヤツ呼ばわりね。
「せやねん」
「思うんですがタイ人を雇ったらどうですか」
「うーむ、タイ人は信用がなー」
「俺が管理します、俺の下につけてください」
「ほうか、おぬしがおるからな、おぬしも信用ならんがな、ガハハッ」
日本人の安月給はタイ人の高所得。
オーさんという人柄のよいタイ人が入社する運びになった。
条件は自家用車を持っていること。
「射撃ツアー」の送迎に使えるからね。
素晴らしいクルマを持っていたわ。
日産のサニー。
何年モノか分からない。
よくまだ動くわねー
さすが日本車。
タイではドイツ車や日本車でも高級車が幅を利かせているから、オーさんのサニーは道をゆずってもらうのにもひと苦労。
オーさんは色黒の東北部出身者なんだけれど、アタマを茶髪に染めていたわ。
社長の高村はそれがちょっと気に食わないようで、
「なんで染めてるんだ」
「奥さんの趣味で」
なんて会話をしていた。
でもオーさんの車が手に入ったことは大きいことだったわ。
彼は早朝、市場で夕食の材料を買う。
そこへ目をつけたの。
スイカやブロックの大きな氷をいっしょに買ってきてもらっちゃう。
「射撃ツアー」のお客に人型の的を撃たせるだけじゃなくて、ショットガンでスイカや氷のブロックを撃たせるのよ。
このアイデアはよかったわー
バァーンって、スイカや氷がブチ割れるのは爽快でお客ウケもいい。
スイカはもったいないのと、軍人さんの後始末がちょっと面倒になるけれど、非日常感と背徳感がよかったみたいねー
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