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【短編集】春になって新しい世界でみんなバラバラなってしまえばいい

 春になると読みたくなる漫画がある。それは、魚喃キリコの「短編集」だ。

 この漫画はふつうの女の子の日常を描いた、短編作品で構成されている。ふつうの女の子の日常を描いた、作品だからたいした事は起こらない。よくある話だから、とても退屈な話だ。

 しかし、この短編集には何度も読んでしまう中毒性がある。この作品の素晴らしい所は、本の所々にうつくしいリリックが隠れている。そのリリックを探す作業は、誰もいない無人島で宝探しをしている様な気分だ。

 短編集の中に、「彼女のことを、いっこだけ」と言う作品がある。高校の喫煙所でたまに、女子高生の藤田は幸田エリと一緒になり話すようになる。

 藤田が好きな男の佐川が、学校の近くの古い河原の小屋ですぐに女の子とやっちゃうと言う噂話を彼女はする。その話しを聞き、藤田は幸田エリの事が嫌いになる。

 後日、幸田エリは藤田に一緒に帰ろうと誘い帰り道で、古い河原の小屋で佐川とセックスしたと告げる。

 その話しに激怒した藤田は、幸田エリに苛立つが彼女は処女の藤田に「佐川なんかとセックスしたら後悔するよ」と話す。

 藤田は「なんで、そんな事を言われなきゃいけなのか」と幸田エリに問いただすと、彼女は藤田の事が好きだからと告げる。

***

 物語終盤で、藤田のモノローグに「春になって新しい世界でみんなバラバラなってしまえばいい」とある。

 毒があるモノローグだ。この話しを初めて読んだときは、こんなに自由な漫画があるのかと衝撃を受けた。その後に、何度も音楽を聴くように何度、何度もこのシーンを眺めた。

 何度も、読んだせいで体の隅々まで魚喃キリコ節が染みついてしまった。だから、春になると魚喃キリコの短編集が読みたくなる。

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