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【第54回】改めて表現の自由とは何を保障しているのか⑦ 知る権利(わき道にそれて犯罪報道について②氏名の公表) #山花郁夫のいまさら聞けない憲法の話

行政による公表と、その情報の報道機関の釣り扱いについて

そもそも、なぜ被害者について報道機関が知っているのでしょうか。もちろん、報じてほしい、という関係者の同意があれば問題はありません。しかし、時として被害者のご自宅で親御さんがインタビューに応じていたり、近所の人の話が出てきますが、なぜ記者とカメラマンはその場所にたどり着いたのでしょうか。

そりゃ、警察が公表してるからでしょと突っ込まれたあなた。正解です。メディアとしては、知ってしまった事実についてはできるだけ報じようとするでしょう。

ただし、性犯罪の被害者などの場合については非公表とするなど自主規制のルールがあるようです。このような自主規制のルールについて、必ずしも十分なものと思っているわけではありませんが、報道の自由の観点からは、法的規制よりも自主規制の方が望ましいと思います。

問題は、警察が、被害者の氏名、年齢や住所についてメディアに公表しているのはいかなる根拠に基づくのか、ということです。

国会の質疑では、警察ついては、都道府県警察についての条例に委ねられているので、一概には答えられないが、事件の性質や重大性など、個々の場合に応じて判断している、という答弁でした。警察比例の原則の具体例のような話です。

警察の裁量に属する事柄であれば、比例原則で説明がつくでしょう。しかし、ことは個人情報に関する問題ですから、現在の扱いについて適切なものか、もっと言えば、適法なものかについては疑問を持っています。

クライスト・チャーチでの経験から

実は、私自身、その時点では犯罪事件ではありませんが、被害にあわれたかたがたの個人情報の公表に関して、当事者として、と言いますか、公人として直面したことがありました。

2011年2月、ニュージーランド南島で大きな地震があり、日本人も多く巻き込まれました。

外務省は現地対策本部を設置し、副大臣や政務官が本部長の任に当たったのですが、その時、外務大臣政務官を務めていた私は3代目の本部長に任命されました。そして、私のときに初めて日本人の犠牲者が確認されたのです。

外務省でのルールでは、ご遺族の同意がなければ個人情報について、メディアには公表しないとされていました。新聞などで、「南米○○で、交通事故があり、邦人男性が死亡したと外務省が発表した」というような記事をご覧になったことがあるのではないでしょうか。これは、ニュースバリューが低いから、行数を減らすためにそのような記事になっていることもあるかもしれませんが、同意が取れていないケースでは、そもそも氏名などについては公表していないのです。

クライスト・チャーチでは、それまで生存を信じていたご家族に対して、生前の歯形などの情報と一致するご遺体が確認されたという重たい事実をお伝えしなければなりませんでした。そして、その事実をメディアに公開してよいかどうかについて確認する、という結構つらい仕事が待っていました。

ご家族に対する告知とプレス発表とはそんなに時間的に余裕がありませんから、同意が得られた場合と、得られなかった場合について、事前にシュミレーションを行ったうえで、事後の対応にあたりました。

たまたま、私が対応したご家族は皆さん、公表に同意されたのですが、不同意の際には、記者に対して、なぜ公表できないのかを説明しなければなりません。その理由は、個人情報保護法がある以上、ご遺族の同意がなければ公表できない、というものでした。ご家族にとっても、夫や妻、娘や息子、あるいはきょうだいがこの事故で亡くなった、ということは個人情報にあたるからだ、ということです。

お医者さんや警察の関係者の方であれば、ご家族に死亡の事実をお伝えすることは慣れている人もいるのかもしれませんが、自分としてはかなりシビアな体験とともに、氏名の公表という局面に直面したものですから、かなりの心理的な負担とともに、痛烈な印象を持っています。

自分が外務省で仕事をしていたので、それを正当化しようとしているように聞こえると本意ではないのですが、どうにも個人情報保護法の扱いは、外務省のほうが適切で、警察の方がルーズなように感じます。これは、私だけの感性の問題ではないような気がします。さらに検討を進めたいと思います。

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