問題を解くということ

これは教育のためのTOC Advent Calendar 2022 - Adventarの12日目の記事です。
NPO法人教育のためのTOC日本支部理事長の若林 靖永さんの代理投稿です。以下本文です。

本文

教育のためのTOCのブランチ、クラウド、アンビシャスターゲットツリーは、私たちが直面する問題を自分自身で理解しそれを解決するために役立てられる図解ツールです。そこで問題をとくということそのものについて、考えてみたいと思います。

数学の問題がなかなか解けなくて苦しんだり、はっとアイデアが生まれてそれで問題が解けてすっきりして感動したり、アイデアが生まれたけれどそれが的外れでやっぱりダメでがっかりしたり、というようなこと、多くの人が体験してきたと思います。
苦しみながらも、自力で、あるいはちょっとしたヒントで問題が解決できると楽しくなります。これはいわゆるゲームがなぜ楽しいか、集中してしまうかということにつながります。逆に、まったく自力で解けない、ただ解法を暗記しているだけというのだと、自分自身で考えるということがありませんから、数学は嫌いになってしまうのでしょう。自分自身でものを考えるということがここでのカギなのだろうと思います。

このように数学の問題に取り組むという経験を積み重ねていると、そもそも数学の問題にどうアプローチしたら良いのだろうか、その一般的な問題解決アプローチはないのだろうか、あるとしたらどういうものだろうか、という問いが生まれてきます。
この問いへの1つの回答、アドバイス、考察を示してくれるのが、数学の問題を解くことについての古典・名著である、G.ポリア著 柿内賢信訳『いかにして問題をとくか』丸善出版(G. Polya,How to Solve It: A New Aspect of Mathematical Method, Princeton University Press, 1945, 1973, 1975, 1985.)です。

この本は、スタンフォード大学の数学の教授が、数学の問題を解こうとする学生と、それを指導する教師のために書かれたものです。そして、数学の問題を解くことだけに有効な本ではなくて、広く、数学以外の問題についても、論理的に問題を解こう、未知の問題を明らかにしようという創造に取り組む上で大いに参考になる本です。今日、いわゆるハウツー、解法を覚えてあてはめて解けばいいという、確かにコスパはいいかもしれないが、面白くはない処方箋、参考本が多く普及しています。そうではなくて、本当に学問を探究していく上で求められるマインドセットはどういうものか、それを示してくれているのがこの本だと思います。そしてそれをどう教えたらよいか、教師に求められるものを教えてくれるのもこの本です。

今回は、この本の一部を紹介しながら、教育のためのTOCの活用のあり方について考えてみたいと思います。

まず、この本では、問題の答えを見つけるための4ステップを提示し、各ステップで有効な質問を挙げていますので、それをふまえて、教育のためのTOCの活用を考えてみます。

第1ステップは「問題を理解する」です。教師が投げかける重要な質問としては「未知のものは何か」(なにがわかっていないか、なにを明らかにしないといけないか)、「与えられているものは何か」(わかっていることはなにか、事実はなにか)、「条件はなにか」(同時に満たすべき要求はなにか)、が挙げられています。
やみくもに急いで考える、教育のためのTOCを使ってみるということは必ずしもよいことではなくて、まず、わかっていること、解決したいことなどについてちゃんと書き出して整理してみることは、教育のためのTOCを使う場合でも最初にやっておくといいことでしょう。

第2ステップは「計画を立てる」ことです。未知の問題に向き合ったとき、問題を解くためにどうしたらよいか、その計画を立てるということはとても困難なことになります。まさに「問題を解くことの大部分はどんな計画をたてたらよいかということを考えつくことにあるといってよい」のです。十分な知識や経験がないとよい思いつきが得られないこともあります。こういう場合「関連した問題を知っているか」「未知数をよくみよ、そして未知数が同じか又は似ている問題を思い起せ」というように、参考になるような既知の類似問題を探して、それを頼りに計画をたてることができます。
自分で主体的にいろんなことに挑戦して取り組むという経験値が高い人、いわゆる幹事とかをよくやる人は、未知の問題についても「計画を立てる」ことが比較的容易だったりします。それはやはり「関連した問題を知っている」からそこからの類推でアプローチを仮に考えられるからでしょう。そして仮に立てたアプローチを実際に実行するなかで点検し修正することも経験から自然とできるのだろうと思います。ブランチであれ、クラウドであれ、アンビシャスターゲットツリーであれ、うまく図解に書けないという場合には、類似した他の問題で自分なりにわかっているものからまずやってみるというのもよいかもしれません。

第3ステップは「計画を実行する」ことです。計画を立てることができたらその計画通りに実際に問題を解いていくことになります。その際「一歩一歩各段階を検討し確かめながらすすむ」ことが求められます。それは「各段階が正しいことを正直に納得しなければならない」のであって、よくわからないまま機械的にやればよいということではありません。
ここは科学的に実行するという意味において重要です。ここでの科学的とは、因果関係を問う、検証できるというような意味です。どういうことかというと、計画を立てても実際の実行がそれにもとづかず思いつきでやってみたりすると、うまくいってもなぜうまくいったか、再現性がない、うまくいかなったとしてもなぜうまくいかなかったのか、原因を特定できないというようになってしまいます。あくまで仮定であっても計画を立てたならそれにもとづいて「一歩一歩」すすめて確認していくならば、もしつまづいても、どの「一歩」に問題があるのか、が特定できるようになります。

第4ステップは「振り返ってみる」ことです。いったん解答が得られたらそれで終わりというのはよくありません。「解ができ上った時にこれを振返り、結果を調べ直してそれ迄にたどった道を見直すことは、かれらの知識をいっそうたしかなものにし、問題をとく能力をゆたかにするものである」。「誤りは常に可能」であるので、「結果が正しいかどうかをためすことができるか。議論が正しいかどうかをためすことができるか」検証、確認することが重要です。さらに、問題をふりかえることで、ほかの問題との間の関連に気づき、「その結果や方法を何か他の問題に利用する事ができるか」考えてみることにもなります。
教育のためのTOCでもつくりっぱなし、とにかく図解して満足ということはよくあることです。が、やはりそれはよくありません。教育のためのTOCはクリティカルシンキングのツールであり、その極意は吟味すること、再検討すること、点検することにあります。ですから、ここでもぜひ振り返ってみることが大事ですし、そうすることで間違いなくあなたの思考能力は鍛えられます(振り返りをしないと思考能力の育成は弱くなります)。
また、教育のためのTOCを活用すること生み出された1つの新たなアイデアについて、ほかの問題にも応用できないか、考えるというのもよいことだと思います。こうすることで私たちは応用能力を高め、問題に立ち向かう意欲と能力を高めることになります。

さらに、この本の中で紹介されている問題をとくことへのアプローチとその例はとても興味深いもので紹介したいものがたくさんありますが、ここでは1つだけ「逆むきにとく」をとりあげます。
「前むきにとく」というのは、問題のはじめの状態から一歩一歩すすめて求める状態へ、与えられたものから未知のものへ、すすめていくというものです。これは、スタート地点とゴール地点の間の距離が短く、少ないステップで到達できるという見通しが持てるならば、「前むきにとく」という問題へのアプローチ計画が有効でしょう。しかし、間の距離が長く、多くのステップが必要そうという場合には、一歩一歩すすめ続けたら本当にゴールに到達するのか、見通しが持てず、もちろん問題に取り組む意欲も失ってしまいかねません。
「逆むきにとく」というのはその逆です。つまりいったん問題が解けた、うまくいったと仮定するのです。「要求するものから出発し、求めるものはすでに得られたと仮定せよ」というようにしてまず始めます。そして「望みの結果はどんな前提から、導かれるかたずねよう」ということで、ゴールから一歩一歩必要前提することに遡っていって、スタート地点に戻る道筋をデザインするのです。考え方としては、戦略論でいうところの「バックキャスト法」のようなものです。
ブランチならば、下から原因から一歩一歩積み上げて問題である状況に行くというのは、簡単なものであればつなげられるでしょうが、複雑なものであればうまくつながらないこともあるでしょう。問題である状況から出発して、一歩一歩後ろへ、上から下へ向かって原因を探っていくということが有効でしょう。
クラウドならば、簡単なものであれば、対立する行動それぞれの背後にある要望を列挙し、明らかになった要望をすべて同時に満たすような新たな行動を探せば、WIN-WINの素晴らしい解決になるでしょう。しかし、多様なメンバーや利害がからむような複雑な状況の場合、要望だけに注目するだけではうまくいかないことがあります。簡単に解決しないような問題の場合、関連する関係者が粘り強く持続的に問題解決に取り組むという状況、姿勢が生まれていないと、がまんできなくなって対立が深まってしまうことにもなりかねません。その場合、「逆むきにとく」すなわち、「目標(共通目標)」を出発点に据えるべきでしょう。なにが私たちにとっての合意できる「共通目標」なのか、「最上位目標」なのか、そもそもの目的はなになのか、ここでしっかりと合意できれば、目的と手段が混乱せず、単純に手段である行動レベルで対立するのではなく、互いに納得のいく解決策が探求されることになるでしょう。
アンビシャスターゲットツリーならば、最後に中間目標間の前提・被前提関係を確認して取り組むべき順番をツリーの形にまとめます。その際、「逆むきにとく」のであれば、最終ゴールとして設定されるアンビシャスターゲットについて、それを1つ前の前段階ではどういう状況になっていないといけないか、その1つ前は、というようい前提条件を1つ1つ問い続けることで、ゴールに向けた戦略的な計画、ステップができあがります。
このように目的、目標、解決している状態に注目して脱線しないようにするためには、「逆むきにとく」というアプローチはとても有効と言えるでしょう。

最後に、今回は問題をとくということにフォーカスして教育のためのTOCの活用のあり方について考えてみましたが、さらにその上位、前段階のことである「問いを立てる」「問題を定義する」「目的を設定する」ということもまた重要なテーマです。これらについてはまたの機会に。


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