ゴマの旅
ゴマ塩のみのシンプルなおにぎりを食べた。ゴマのサイズ感の丁度いい歯のすき間があり、ゴマはそこに収まった。住めば都、郷に入れば郷に従え。ゴマはしばらく腰を据えることにした。
歯の主は職場ではマスクを着けることになっている。マスクを着けるのをいいことに、主は昼食の後に歯を磨かない。したがってゴマは難を逃れた。
歯の主は職場ではマスクを着けることになっている。マスクを着けるのをいいことに、主は仕事中、人目をはばからずゴマへの攻撃を始めた。主はなんとも口元の心地悪さがあり、舌先でゴマを攻撃する。主はマスクの中で口元をもごつかせている。
ゴマにとってはサイズ感の丁度いいすき間なので、歯の表と裏から等距離の最も安定を保てる位置に腰を据えている。つまり歯の主は、舌先で押しても引いても、吸っても吐いても、表からも裏からも届かない位置にゴマを追いやってしまった。ゴマは安心した。
歯の主は洗面所で口をゆすいだ。激しい波が打ち付ける岩壁の洞穴のように、水流が歯のすき間のゴマを襲った。しかしゴマは無傷だった。ゴマの頭部分こそあっちへこっちへ揺らされたものの、玉座に鎮座する殿様のように下半身部分ははまり込んでいた。ゴマは自分の身の安全を確信し、安堵した。
主がマスクの中で人知れず、しばらく舌先での攻撃を続けていると、潮目が徐々に変わってきたようだった。安泰だと思われたゴマの下半身は、頭部の揺れに耐えきれなくなり次第に玉座から引きずり降ろされかかっていた。ここぞとばかりに、主はありったけの舌力ですき間に舌肉をめり込ませた。舌肉の圧がすき間の密閉空間の内圧を高め、ゴマは玉座からついに転げ落ちた。一気通貫、主は時機を逃さず思いきり吸った。
ゴマはついに口の中に転げ落ち、主に噛みつぶされた。
ゴマの味がした。