バッチャと子育て~年の差80歳のひ孫育て!~バッチャ達の習性
バッチャ達の習性
最近のうちのバッチャのことですが。朝早く市役所に電話をかけ、粗大ごみについての質問を市の職員さんにしておりました。
「尾上の、おバッチャですけんど!」と、市の職員さんにものの見事な津軽弁で語りかけててびっくりしましたね。
「粗大ごみ出してんだばって、シールなんぼ貼ればいいんだべの? ええ? なんも。大きいのでねくて、コチャコチャしたものばっかりあるのヨ!」
と、バッチャは電話口で何度も「コチャコチャしたもの」を繰り返し、「何のごみですか?」という質問にも「まあ、何ともいえねえよんた、コチャコチャとしたもんでの」「いえだから、何の」「まあ、何てすっか。こちゃこちゃしたものですけの~!」と言い切っていました。
これで通じたのか、電話を切ってバッチャは言いました。
「シール、二枚ばし(二枚ばかり)貼ればいいとよ!」
すごい……。バッチャはとうとう八十九歳(当時)になったのですが、
市役所と対等に渡り合い、結果を手にして来るのです。老化という文字が見当たらないのは、すごいことです。
家が新しくなったら前の家より玄関の段差が急ならしく、手すりがないせいで「これだば危ねして、住んでられね!」とバッチャは家を建ててくれた自分の息子を怒鳴りつけ、手すりを付けさせる算段を取っていたのでした。
お年寄りにとって手すりというのは、命綱です。
近所のおばあちゃんなんか、うちの玄関の段差を上って来るのに、歩けなくて四つん這いになってよじ登ってきましたから。いかに、手すりがない段差がお年寄りにとって危ないものか、わかりますね。
そうかと思いきや、近所に住む九十三歳のおばあちゃんなどは、手押し車ごと玄関の段差もなんとか乗り越え、風除室についてから「疲れたはんで、ここで話ッコさせてもらうの!」と言って、手押し車に座り、風除室にうちのバッチャも近所のバッチャも集まっておったのでした。
なぜ、風除室に……? 平均年齢九十歳のバッチャ達が風除室に詰まっているなんて、どんな光景なんでしょうか。
今どきの四十代は恋や離婚や仕事の不満でいっぱいですが、バッチャ達が四十代だった頃はどうだったのだろう? と気になり、聞いてみました。
「おばあちゃん達は四十代の時、どんな感じでした?」
すると、バッチャ。
「四十だば、働き盛りよ~! なんぼでも田んぼやってた頃だねん! 今と違って昔は機械ねかったし、田んぼ一町歩(三千坪)もあったはんでの~!」
「確かおばあちゃん、バナナの松幸でも働いてたって……」
「そんだ~。田植え終われば果物屋で奉公したもんだねん!」
元気……。四十代でも八十代でも、バッチャは変わらず元気です。
ジッチャとの結婚に不満がなかったか? と言えば、不満だらけのバッチャでしたが。不満など言ってられないくらい、夢中で働いていたんだろうなあと思ったのでした。
近況です。
今年の異常気象のためか、気管支炎をやってしまいまして。(n*´ω`*n)
ゲホゲホゲホゲホ、時代劇のおとッつぁん並みに咳をしながら暮らしています。気管支炎とは長いお付き合いですね。
一緒にいると大体はバッチャの方が健康そうなのが、不思議でしょうがありません。足腰は私の方が強いんだけど、風邪をめったに引かないんですよ。
うちのバッチャは。きっと、95歳にもなるとあらゆる風邪は経験済みになっていて、免疫がなんぼでもあるのでしょうね。(*´ω`*)