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スプレー◇人でなし編

 今日から3日間スプレーをモチーフに3つの作品をご紹介します。

◇◇ショートショート 

「最近、ムカつく事ばかり」とぼやいていた真子まこの自宅の玄関にある日、段ボールの箱が置いてあった。注文した覚えがない真子は、「誰からだろう」と首をかしげながら中を確かめた。

送り主の名前はダメンズと書いてあった。
「ダメンズって、何の会社かしら、笑っちゃう」
そう思いながら真子は、段ボールを開けてみた。

中にはスプレーが三本入っていた。
「何だろう、このスプレー、デザインが面白い、人の形だ、いったい何に使うスプレーなんだろう」そう思って見ていたら、説明書があった。

赤い字で必読と書いてある。
「きちんと読まなくちゃ、わけが分かんないもんこれ」そう言って、真子は説明書を読み始めた。

商品名は「人でなしスプレー」
真子は笑った。
「変わったネーミング、人でなしなんて名前、ふざけてる、でもこの形面白い、人でなしスプレーってか」

説明書に使い方が詳しく書いてあった。

本製品の取り扱いには十分注意をするように。
1) スプレーで消えるのは一人だけ。
2) スプレー噴射は一回のみ。
3) 必ず口の中にスプレーすること。
4) スプレーと同時に大きな声で「人でなし」と叫ぶこと。
このスプレーはどうしようもなくムカつく”人でなし”に出会った時に使います。スプレーを噴霧すると、その人でなしはその場から消えていなくなります。

真子はその説明書きを見て、ニヤリとした。

消えればいいのにと思うやつがいる。思いっきりムカつくやつが。職場に一人、同級生に一人、ご近所さんに一人。ちょうど三人。

一人は近所のあのおばさん。地域でごみ屋敷と呼ばれているおばさんの家は悪臭を放っている。その上、道路にエサを蒔いて、鳥の餌付けをしている。本当に迷惑なおばさんだ。彼女のせいで近くにはムクドリが集まって、近所の人たちは糞害に手を焼いている。

餌付けを止めてもらおうと町内会の人たちで説得に行った時にも、おばさんから「帰れ、帰れ」と言われてホースで水をかけられたことがある。
それから真子は彼女が許せなくなったのだ。

真子はまず、あのおばさんが消えれば地元のみんなが安心すると思った。


そこで早速、真子は人でなしスプレーを使ってみる事にした。
ごみ屋敷の前でいつものように餌をまいているおばさんに言った。
「あっ、鳥の大群がやってきたみたい」するとおばさんは、ポカンと口を開けて空を見上げた。真子はこの時を逃してはと、大声で「人でなし」と叫んで、おばさんの口めがけてスプレーを噴射した。

するとそのおばさんは一瞬のうちに、煙になって空に消えた。

「あっ、ほんとに消えた、このスプレーは本物なんだ」真子は、スプレーの威力を知って、他の二人にも使おうと思った。

もう一人は真子の会社の上司だ。

女性蔑視のバワハラ男。この時代に何を考えているのか、飲み会で女子社員に酒を注がせるのは当たり前で、肩を組んだり、膝を触ったり、手を握ってきたり、スキンシップが甚だしい、嫌らしい男だ。
会社ではいつも「女はだめだよ、寿退社に、育児休暇、役に立たないし、育て甲斐がないんだよ」と、時代遅れの発言をしている。

真子はその上司に企画書の校正を頼まれて徹夜でパソコン作業をした。その時に上司の間違いに気付かず、書類を製本してしまい、最終的には上司のミスよりも自分が間違いをチェックできなかったことが問題だと責任転嫁されて、悔しい思いをしたことがあった。

それをきっかけに、目標管理の評価を意図的に下げられ、真子は高い評価を得られなくなった。
「あんな人でなしのセクハラ上司、消えればいいんだわ、このスプレーで消しちゃおう、みんなもきっと喜ぶから」
そう思った真子は、会社の喫煙ルームで一人タバコをふかし、空を見上げてぽかんとしている上司の口めがけて、スプレーを噴射した。

「この人でなし、何が上司よ」と思いっきり大きな声を出していた。
すると、その場からパワハラ上司は煙となって消えていった。

怖い事に真子はそのスプレーを使うのが心地よくなっていた。
そして残りの一本は、絶対にあの人に使おうと思っていた。それは同級生の和子だった。

小、中学生時代に真子の同級生だった和子は頭脳明晰な優等生で、ずっと真子の親友だった。人との会話が苦手だった真子は明るくおしゃべりでコミュニケーション能力に長けていた和子に憧れていた。

和子はいつも言っていた「真子ちゃん、誰かにいじめられたら私に言ってね、絶対私が守ってあげるから」と、そんな和子がいたから真子は安心していた。

中学生になっても、真子の和子への信頼は変わらなかった。中学二年の時、真子の父親の会社に経理的な不祥事があり、警察に取り調べを受けたことがあった。上司の犯行だったが、父親が取り調べを受けていたのは事実だった。

ふさぎ込んでいる真子に和子が声をかけた。「どうしたの真子ちゃん、心配事でもあるの、何でも言ってよ、私が相談に乗るから」そんな優しい言葉に、真子は思わず、父親が取り調べを受けている話をした。
すると翌日、誰も知らなかったはずのことが学校中の噂になっていた。
「真子さんのお父さん、警察に逮捕されたみたい、何をやったんだろう」
そんな噂を立てられて、真子は学校に行けなくなった。
他の誰にも言っていなかったし、真子の父親は、単身赴任で、都会で仕事をしていたから誰も知らないはずだった。

真子が和子に問いただすと「私、誰にも言ってないよ、お母さんには言ったけど、真子のお父さんが警察に取り調べを受けていて、真子が心配してて可哀想だって、それを言っただけだよ」と答えた。
真子は言った「絶対に誰にも言わないでって言ったのに、やっぱり言ったんだ」
すると和子は「お母さんから、真子ちゃんとは付き合わない方がいいって言われたんだ」

それから、二人は一切話さなくなった。

過去の苦い思い出を振り返りながら、真子は和子に会うために、故郷に帰った。バッグに人でなしスプレーを忍ばせて。
そして和子を呼び出した。

「突然、呼び出してごめんね」
「久しぶり、真子ちゃん元気でやってた、引っ越してから10年だね、私ずっと心配してたんだよ、真子ちゃんのこと」
「それはどうも、あなたはどうしてた・・・」
「私は、あれからずっといい事がなくって、両親が離婚して、今はお父さんと二人で住んでる、お母さんは再婚したの、真子ちゃん、うちのお母さんの事本当にごめんね、真子ちゃんのお父さんのことやっぱりお母さんが近所の人にしゃべったみたい」

和子の話を聞いて、真子は持っていたスプレーを隠そうとした。すると和子はそのスプレーを見て、「面白い形のスプレーね、見せて」と言った。真子は「これはね、喉のためのスプレーなの、いがらっぽくなった時に使うためにいつも持ち歩いてるのよ」と言った。

和子は「ちょっと使ってもいい」と言って、スプレーを取り上げて口に向かって噴射した。
真子は大声で「人でなしを、使っちゃだめだよ」と言ったが、時はすでに遅く、和子は一瞬のうちに煙になって消えた。


真子は慌てた。和子のことを誤解していたと分かったからだ。

真子は深く後悔し、反省していた。「私はスプレーで三人も消してしまった、自分の中の怒りだけで大胆な行動に出たけれど、もっと深く考えるべきだった、でももう取り返しがつかないよ」
真子はどうにかしなければと思い、スプレーのトリセツをもう一度読んでみた。

すると裏面に、小さな文字で「人でなしスプレーの効果を無効にする方法」が書かれていた。
「このスプレーの効果は、あなたの心が癒された時に、消えて無くなります」と。

真子はほっとした。

彼女はスプレーを噴射して三人を消してしまったことを後悔し、自分に嫌な思いをさせていた三人を許そうと思った。
その時、これまでのすべての出来事が、リバースした。

それと同時に真子は夢から覚めた。

「何だ、夢だったのか、あー良かった」と思ったが、その手には人でなしスプレーが握られていた。真子は大きく息をして、口を開け、人でなしスプレーを自分の口に噴射した。

「こんなものに頼る私が悪い、人でなしは、私よ」と大きな声で叫んだ。
真子の姿はそのまま大空に消えていった。



明日はショート◇ショート【スプレー◇ハッピー編】を投稿します。

最後までお読みいただいてありがとうございました。
たくさんある記事の中から、私たち親子の「やまだのよもだブログ」にたどり着いてご覧いただき心よりお礼申し上げます。
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また明日お会いしましょう。💗










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