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ワリカントリオの乾杯

◇◇ショートショートストーリー

和人と理恵と寛二の三人はテレビ局の同期入社です。

大学時代にアメリカンフットボールの選手だった和人は選手の心の内まで読みながら実況中継をしていたアナウンサーの熱いリポートに心動かされて、アナウンサーを目指すことを決めました。

理恵は小学校時代からいつもトップクラスの成績で先生からも一目置かれる優等生です。彼女は災害の時にそつのない、情報伝達をしていたキャスターの進行を見てアナウンサーを志そうと思いました。

二人と違って寛二は楽しい事や面白い事が大好きで、とにかく人を楽しませる仕事がしたいと番組のディレクターを目指してテレビ局を志望しました。

三人は同期入社と言うこともありましたが、それぞれのキャラクターが反応し合ってお互いにいい刺激を与えながら入社3年目を迎えていました。

入社してから1年間は休みが取れると、仕事の都合をつけて同期で温泉旅行に出かけていました。偶然三人とも旅行と温泉が好きで特に大分にはよく出かけました。

ざっくばらんな理恵は混浴でも全く気にせず、皆と一緒に泥のお風呂に身を沈めて、会社の愚痴や人生の悩みを話し合っていました。

三人の人生観は様々で、小さい頃から仲のいい両親のもとで育った和人は早く結婚して、落ち着いた人生を送りたいと、入社早々から貯金を始めていました。

寛二は楽しい日々の積み重ねがあればそれが幸せで「物事は深く考えない、人生成るようになるさ」というケセラセラ精神で毎日の仕事と生活をエンジョイしていました。

理恵は人生を俯瞰的に見るタイプで、焦って結婚しても仕方がないし、仕事や好きな事をして自分が選んだ道をマイペースで歩いて行きたいと思っていました。

三人が初めて同期で旅行に出掛けた時に、海を眺めながら乾杯をして約束したことがありました。

「いつか三人で番組をやろうよ、その時は寛二がディレクターで私たちがリポーター、絶対に面白いものを作ろうよ」

三人は声を合わせました。「ワ・リ・カントリオここにあり」

和人の「ワ」と理恵の「リ」そして寛二の「カン」でワリカンです。それからワリカントリオはそれぞれの仕事を頑張って自分たちなりの経験を積んでいました。


入社三年目の夏、理恵の提案でキャンプをする事になりました。いつものようにそれぞれの日常を話していた時、理恵が切り出します。

「私、考えたんだけど、大学院に入り直してコミュニケーション学を勉強しようと思うのよ、だから会社は辞めることにした、春には退職する」

「えー、将来はどうするんだよ」と不安げに和人が訪ねると

「大学で教えられれば、局で学んだことも生かせるしね」

理恵の決心を聞いて寛二は「理恵には、向いてるかもしれないね、寂しいけどでもいいと思う」

「僕たちの約束はまだ果たしてないよね、ワリカントリオの番組、理恵が退職するまでに作ろうよ」と和人がいつになく力を込めて言いました。


それから三人は、ワリカントリオらしい番組を制作しようとこれまでの何倍も話し、意見を交わし、時間を惜しむように凝縮した時を過ごしました。

三人が納得する番組の企画案が決まりました。「アポ無しワリカンでいいですか」

早速、上司にプレゼンです。

「三人でプレゼンって仲がいいねー、ところで何でワリカンなんだよ」と質問する上司に

「私たちが、ワリカントリオだから、ワリカンです」と理恵。


「お前らふざけてるなー、なんでワリカンにこだわるんぞ」

「自分のお金や努力で勝ち取るものの方が真剣度合もありがたさも違うでしょう、だからワリカンなんです」

「若い三人の企画じゃけんワリカンもええかも知れん、やってみるか、スポンサーが見つかったらの話じゃけど・・・」

三人は顔を見合わせながらガッツポーズをしました。


ワリカントリオが考えたのは今どきのアポ無し企画です。

街角で道行く人にアトランダムにインタビューします。

「リポーターの私達と一緒に全国の美味しいものを食べに行きましょう、何処にいくかはまだ決まっていません」

「日本地図をダーツの的にして、あなたに決めて貰います」

「私たちと旅をするのは三人で、全国三ヶ所を巡る事になります」

「旅にはお約束があるんです、それは」

「ワリカンでいいですか」

「かかる費用はワリカンなんです」

「なので費用は最小限に押さえるケチケチ旅です、だけど楽しい経験ができるのは間違いありません、ワリカンなので、あなた自身が自分のお金で経験した、人生の貴重な思い出になりますよ」

「私たちと美味しい旅に出掛けましょう、ワリカンで」


放送された三人の番組はドキュメンタリー制が受けて、いい視聴率がとれました。

番組が終わった後、同期の三人は居酒屋で乾杯をしていました。
「ワリカントリオ、バンザーイ」


その日の支払いは、ワリカンではなく上司のおごりでした。


最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。また「やまだのよもだブログ」にお立ち寄り下さい。

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