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誰かが耳元でささやく
◇◇ショートショート
「ダメだよ、そこにいたんじゃ」春香の耳元でささやく声が聞こえました。
「ダメだよ、引き返さないと」春香はその声に導かれるように、来た道を急いで引き返しました。
数分前まで彼女はデパートの入り口にある時計塔の下で、6時間もずっと佇んでいました。時計塔の上の雲が何度も形を変えて通り過ぎていきました。
彼女はひたすら待ち続けていたのです。
石畳に映る影がどんどん長くなって影すら見えなくなる様子を自分の恋の行方のように眺めながら、春香は祈るような気持ちでその場所に立っていました。
携帯を何度となく鳴らしましたが、スマホから聞こえてくるのは「只今電話に出られません」と言う、虚しい響きだけでした。
ビル風が彼女の体も心も一層、凍えさせていました。
「僕はずっと君に会いかったんだ、だから何があっても会いに行く、待ってて、きっと行くから絶対に待っててね」
その懐かしい声が春香の耳の奥で響いていました。
春香が待っていたのは、恋人だった正司です。
二人の心はとっくに離れていたはずだったのに、彼から突然かかってきた電話に春香の心はざわつきました。
「彼は私に本当に会いに来るのかしら、両親にあんなに反対されて、私の事なんか忘れてしまっているはずなのに、きっと彼は来ないに決まってる」
そう思っていながらも、春香は約束の時間がとっくに過ぎて6時間も経っているのになお、待ち続けていたのです。
時計塔は9時のメロディーを奏でています。
「やっぱり彼は来ない」と春香は、まっすぐに前を見て、思いを断ち切るようにその場所を離れました。
少し歩いたところで、彼女の耳元でささやく声が聞こえました。
「ダメだ帰っちゃ、もう一度あの場所に帰らないと、きっと後悔するよハルちゃん」
春香はいつもその声に励まされていました。
都会の仕事を辞めて、地元で契約社員として働き始め、居場所が無い自分自身に嫌気がさしていた時も「大丈夫、ハルちゃんなら大丈夫、頑張れ、その内、居場所が見つかるよ」そう励まされて、一度は辞めようと思った会社にも踏みとどまる事が出来きました。
再び会社を辞めようと思った時にも「ハルちゃん、もう少し我慢しよう、あと少し我慢してダメだったらその時考えよう」そう言われてまた、1年頑張れたのです。
春香は毎朝出掛ける時に仏壇に手を合わせます。
亡くなったお父さんに語り掛けるのです。
「今日も元気で行ってきます」
男で一つで彼女を育ててくれた父の仏壇に手を合わせると、父親の声が聞こえるのです。
「おはようハルちゃん、今日は寒いから一枚余分に着て行けよ」
「ハルちゃん、仕事は順調か、父さんがいつも見守っているからな」
彼女は父の声に励まされて仕事に出掛けていました。
春香のお父さんが亡くなったのは3年前です。彼女はお父さんの看病のために都会の会社を辞めて、故郷に帰ってきました。
春香は精一杯、大好きなお父さんの看病をして、見送りました。
結婚を意識していたボーイフレンドはいましたが、彼の親から結婚を猛反対されていて春香は諦めるしかありませんでした。
それから3年、彼から電話が入ったのです。
「仕事でそっちに行くんだけど、一度会ってもらえないかな」久しぶりに彼の声を聞いて、心が揺らぐ春香でした。
だからこそ彼女は6時間も彼を待ち続けたのです。
「やっぱり私たちは別れる運命だったんだ」と彼女は自分の心に言い聞かせていました。
そんな時に、耳元で聞こえたのです。
「ダメだ引き返さないと」
父の声でした。
春香が約束の時計塔に引き返すと、すまなさそうな表情で彼が走ってきました。
「ハルちゃん、ごめん、どうしても会議から抜け出せなくて、電話もかけられなかったから、もういないかと思ったよ、待っててくれたんだね」
「私、お父さんに言われて、引き返したの、帰っちゃいけないって」
「お父さん、亡くなったじゃない」
「うん、でも、私の心にはいつも父さんがいるの、父さんがあなたを待ってあげろって・・・」
「待っててくれてよかった、本当にありがとう、実はね僕、今度こっちの支社に転勤になるんだ、これからは何時でも会えるよ」
春香は彼の顔を見上げました。
「ハルちゃん、お前良かったな、きっと今度は上手くいくぞ」
耳元でお父さんの囁く声が聞こえました。
春香の目に涙が溢れました。
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【毎日がバトル:山田家の女たち】
《親はずっと子どもの事が心配なんよ》
「私はいっつも言うけど恋愛ものは苦手なんよ、ほじゃけどお父さんが見守ってくれとって良かったね、感想は以上です」
「お母さん本当恋愛ものには興味ないねー」
「お父さんが娘のことを思う気持ちはようわかっとるよ、お父さんがそうじゃったけんね、亡くなっても親心は続くと思う、何時までも心配なんよ」
母は娘の恋愛観を垣間見るようで私の恋のショートショートにはいつもコメント少なめです。仕方がないかも知れません。
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あれこれと亡夫に語らふ冬の朝
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母は毎日仏壇に手を合わせ、亡くなった父と会話をしています。母にとって朝のその時間が一日の内で一番神聖で大切なひと時のようです。
祈る事は必ず叶うと信じているようです。
母の父への思いが身に沁みます。
最後までお読みいただいてありがとうございました。たくさんある記事の中から、私たち親子の「やまだのよもだブログ」にたどり着いてご覧いただき心よりお礼申し上げます。この記事が気に入っていただけたらスキを押していただけると励みになります。
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また明日お会いしましょう。💗