クルージングで食べたあの味
私は生まれ育った瀬戸内海の海が大好きです。穏やかで人の気持ちを受け入れてくれる優しさがあります。
オーシャンビューのお気に入りのカフェで瀬戸の島を行きかう船を眺めていると、日常の小さな悩みなど消えて無くなるような解放感が味わえます。
その海で私は人生初の美味しいグルメに出会いました。
夏のある日の出来事です。
「今度、知り合いのクルーザーに乗るんだけど、行ってみない」
「えー、クルーザーすごい、乗ってみたい」
「仲間にはダイバーがいるから教えてもらえるよ」
「私、潜るのは怖いから・・・」
「潜らなくても、海の幸が食べられるよ」
私たちは愛媛県の宇和島港から日帰りの船旅を楽しむことになりました。生まれて初めて乗ったクルーザーは大きくて10人以上乗れるものでした。
操船スペースから見た瀬戸内海の風景は今も忘れられません。潮風を体いっぱいに浴びて、白い波しぶきを立てながら海を分け入るように進む感覚はクルーザーだからこその解放感と爽快感でした。
被っていた帽子は吹き飛ばされてしまいましたが、本当に心地よかったです。
「操船するの難しくないんですか」
「自分の思うように海を走れるから、気持ちいいよ」
「海の男って感じですね」
「女性だって、免許取ってる人いるからね」
「かっこいい」
こんな会話を大きな声で交わしていました。初めて会った人ともすぐに打ち解けて話せるようになるのは海の魅力だと思います。
私たちは宇和島港から数十分走り、無人島の沖の島にイカリを降ろしました。ちょうど島に群生する「ハマユウ」の開花時期で、その独特の甘い香りを覚えています。
いよいよ待ちに待った食事タイムです。
「今日は海ならではの豪華な食事を楽しんでもらうからね」
そう言うと一緒に行っていたメンバーの数人が海にダイブです。彼らが潜った宇和海はとても透明感があって、水中の人の動きまでしっかり見えていました。
しばらくして海から上がってくると、それぞれが獲物を持っています。名前は知らない美しい色の魚に、なんと大きな伊勢海老まで。
「今日はラッキーだね、岩陰で見つけちゃったよ、大物だ」
「天然ものですね、大きい」
「きっと旨いよ」
※イラストはイメージです。
料理に慣れたダイバーが、長めの大きな石をまな板がわりにして、魚を捌きます。捌いた魚は海水を入れた鍋の中に。
「いい出汁が出るんだよ」と笑顔で教えてくれました。
伊勢海老はどんな風に料理するのかと思ったら、生きたままその場でダイナミックに手で捌き始めました。尻尾が前後に大きく動いています。
「なんて豪快!」私は息を呑みました。
身をナイフで食べやすい大きさに切り分けたら、伊勢海老の殻の部分をお皿にして盛り付けています。
「これね、海の水にちょっと浸してエビのミソを付けて食べると上手いと思うよ」
そう言われて海水につけて食べてみました。
こんなシンプルな食べ方をしたのは生まれて初めてでした。
口に含むと、甘く、噛み応えがあって、身のしまり具合が最高でした。
「ワー、甘い、プリプリしてる、最高に美味しいです」
私はかなり興奮していたと思います。
伊勢海老の頭は鍋に入れてお味噌汁にしていただきました。
こちらも絶品でした。
「上手いじゃろ、海の男の料理よ、これ以上のもんは無いよー」
「もう、最高ですね」
私は生まれ初めてのクルージングが忘れられない味との出会いになりました。
何十年も前のお話ですが、船上からみた瀬戸内海の美しい風景とあのぷりぷりとした伊勢海老の味は今も鮮明に覚えています。
※ダイバーは地元漁協の許可を得た人たちです。