アリス殺し
この記事の目的
これまで,読書メーターやブクログで読んだ本の感想を残してきました。基本的に,読書メーターでは「ネタバレなし」の感想を残し,ブクログでは「ネタバレあり」で,自分が後で読んでその作品のことを思い出せるようにしています。
「アガサ・クリスティ―完全攻略〔決定版〕」(霜月蒼。株式会社早川書房。2018年)を読み,改めてアガサ・クリスティーの作品を読みたいと感じたことから,このように,読んだ人に「読みたい。」と思わせるようなブックガイドを書きたいと感じました。そこで,noteを使い,ネタバレなし。読んでいない人に読みたいと思わせるような感想を残していきたいと思っています。
あらすじ(文庫本の裏表紙から)
最近,不思議の国に迷い込んだアリスという少女の夢ばかり見る栗栖川亜理。ハンプティ・ダンプティが墜落死する夢を見たある日,亜理の通う大学では玉子という綽名の研究員が屋上から転落して死亡していたーその後も夢と現実は互いに映し合うように,怪死事件が相次ぐ。そして事件を捜査する三月兎と帽子屋は,最重要容疑者にアリスを名指し…邪悪な夢想と驚愕のトリック!
世界観
「アリス殺し」は,いわゆる特殊設定ミステリに分類されます。すなわち,現実の世界とは異なる特殊なルールが設定されたミステリとなっています。その特殊なルールとは,不思議の国の存在。この物語のキャラクターは,地球上での存在とは別に不思議の国で「アーヴァタール」という存在を持っています。そして,不思議の国で,アーヴァタールが死亡すると,そのアーヴァタールに対応する地球上でのキャラクターも死亡してしまう。これがこのミステリのルールとなります。
物語の展開
文庫本の裏表紙にも書いてありますが,この小説が始まってすぐに,不思議の国で,ハンプティ・ダンプティが墜落死します。すると,地球上では,玉子という綽名の研究員が屋上から転落して死亡します。そして,不思議の国でアリスは最重要容疑者として指名されてしまう。仮に,不思議の国での容疑が解けず,アリスが不思議の国で死刑になると…。危機を感じた栗栖川亜理は,地球と不思議の国で,捜査をはじめる。そのような物語です。
「アリス」といえば…
「不思議の国のアリス」,「鏡の国のアリス」といえば,ナンセンスな展開,尖ったキャラクター,奇妙なことば,辛辣な風刺…といったイメージがあるかと思います。まさに,この小説における不思議の国もそのような存在です。登場するキャラクターもアリスらしさが満載です。
蜥蜴のビル
アリスと一緒に捜査をする,地球上における井森建のアーヴァタールである蜥蜴のビル。このキャラクターが非常に魅力的です。物凄く間抜けで,いつも何かを見落としている。言葉をそのままに理解しようとするので,話が進まないものの,ときどき,その純粋な思考から本質を突くような質問をする蜥蜴。この愛すべきキャラクターの存在も「アリス殺し」の魅力の一つです。ビルは,「クララ殺し」,「ドロシイ殺し」といったメルヘン殺しシリーズの続編にも登場します。
感想
不思議の国では,ハンプティ・ダンプティ殺しの後も事件は続きます。それに伴い,地球上でも関係者の死亡が相次ぐ。不思議の国では明らかに殺人であっても,地球上での死亡は必ずしも殺人とは判断されない。事故と判断されるものもあります。しかし,不思議の国でアーヴァタールを殺害すると,地球上でも関係する誰かが死ぬ。これを利用した連続殺人が起こっていると予想されます。不思議の国と地球との関係を利用して事件を起こしているのは誰か。不思議の国における犯人は誰か。そして,その犯人は誰のアーヴァタールなのか。これが,アリス殺しのフーダニット部分。不思議の国部分の描写は,まさにアリスというべきナンセンスな展開を見せます。不思議の国では三月兎と帽子屋が捜査をし,地球上では,谷中と西中島という二人の警察官が捜査をします。
読者を驚かすことだけを考えた作品ではなく,不思議の国における犯人は,ミステリを読みなれた人ならある程度見抜いてしまうかもしれません。しかし,その背後にある仕掛けは,なかなかのモノです。文章は読みやすく,仕掛けは大胆。まさに,特殊設定ミステリの傑作というべき作品に仕上がっています。
最後に
不思議の国のアリスを下地にしているだけあって,キャラクター間のナンセンスなやり取りも楽しめます。ビルが考えた,「スナークはプージャムだった」という合言葉。この一言で,栗栖川亜理を取り巻く世界が,がらりと変わります。
最後は,ある登場人物が残したダイイングメッセージで締めくくります。このダイイングメッセージもなかな秀逸。「アリス殺し」という作品のミステリとしての完成度の高さを示しているかと思います。
「公爵夫人が犯人だということはあり得ない」
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