#7 冴えないサラリーマンが「壺」を買わされそうになって胸ぐらを掴んだ話
はじめに
皆さんは、人生のどん底にいると感じたことはありますか?家族のために必死に働いても、報われない日々が続くとき、人はどのような選択をしてしまうのでしょうか。
今回は、山田が実際に経験した、苦しくも教訓的な物語をお伝えします。これは、冴えないサラリーマンだった私が、一時の誘惑に惑わされ、「壺」を買わされそうになった話です。
1.ボロアパートと妻の不満
冴えないサラリーマンの山田は、昇給もなく、家賃6万円の築年数が古い木造アパートで妻と子供と暮らしていました。壁は薄く、冬は隙間風が入り込み、暖房をつけても部屋はなかなか暖まらない。夏は蒸し風呂のように暑く、エアコンも古いため効きが悪い。雨の日には屋根から雨漏りがし、バケツを置いて凌ぐこともしばしばありました。隣室からは生活音が筒抜けで、夜遅くまでテレビの音や話し声が聞こえてきて、プライバシーなどほとんどありませんでした。
キッチンは狭く、ガスコンロは一口だけ。調理スペースも限られているため、妻は毎日の食事作りに苦労していました。お風呂はユニットバスで、子供と一緒に入るには窮屈で仕方ありませんでした。収納スペースも限られており、子供のおもちゃや衣類が部屋中に散乱していました。洗濯物を干す場所もなく、いつも部屋干しで湿気がこもり、カビが生えることもありました。
そんな環境でも、山田は「家族で一緒にいられるだけで幸せだ」と思っていました。休日には近所の公園に出かけ、子供と遊んだり、手作りのお弁当を持ってピクニックを楽しんだりしていました。高価なものや贅沢はできなくても、笑い合いながら暮らしていけると信じていました。
しかし、現実はそう甘くはありませんでした。妻は日に日にストレスを溜め込んでいるようで、ため息をつく回数が増えていきました。彼女の表情からは笑顔が消え、話しかけても生返事ばかり。山田はその変化に気づきながらも、どう接していいかわからず、ただ時間が過ぎていきました。
ある日、夕食の後片付けをしていると、妻がぽつりと呟きました。
妻「最近、全然友達とも会えてないし、どこにも出かけられてないなぁ…」
山田「そうだね、たまには休みの日に出かけようか」
私はそう提案しましたが、妻は首を横に振りました。
妻「でも、お金もないし、あなたも仕事で疲れてるでしょ。無理しなくていいよ」
その言葉に、私は胸が痛みました。本当は妻も子供も、もっと楽しい時間を過ごしたいに違いないのに、それを我慢させているのは自分だと感じました。
さらに、妻の友人たちがSNSに投稿する楽しそうな写真を見るたびに、彼女は落ち込んでいるようでした。豪華なディナー、オシャレなカフェ、海外旅行…。それらと自分たちの生活を比べてしまい、自己嫌悪に陥っているのが見て取れました。
妻「○○ちゃん、また海外旅行だって。いいなぁ…」
スマホの画面を見つめながら、妻はため息をつきました。
山田「いつか僕たちも行けるといいね」
そう言ってみたものの、自分でもその言葉が虚しく感じられました。経済的な余裕がない現状では、到底叶わない夢だとわかっていたからです。
ある晩、子供が寝静まった後、妻が真剣な表情で話しかけてきました。
妻「ねぇ、私たちこのままでいいのかな?」
山田「どうしたの、急に」
妻「私は遊びに行く時間も自由もお金もない。周りの友達は楽しく遊んでいて、私は何もできない。正直、こんな生活もう嫌だよ」
彼女の瞳には涙が浮かんでいました。その姿を見て、私は言葉を失いました。自分は家族のために頑張っているつもりだったのに、それが全く報われていないと痛感しました。
山田「ごめん。僕がもっと頑張るから、もう少しだけ待ってくれないか」
そう言うのが精一杯でした。しかし、その言葉に妻は首を振りました。
妻「何年も同じこと言ってるよね。頑張るって。でも、何も変わってないじゃない。子供だってこれからお金がかかるのに、このままでいいわけないでしょ」
彼女の言葉は正論で、反論の余地はありませんでした。自分の無力さと、家族を幸せにできていない現実に、胸が締め付けられる思いでした。
その夜はほとんど眠れず、天井を見つめながら自分の将来について考えました。どうすればこの状況を変えられるのか。もっと良い仕事に就くべきなのか。転職するにしても、特別なスキルも資格もない自分には難しいのではないか。
翌朝、疲れた顔で出勤する私を見て、妻は何も言いませんでした。ただ、子供の手を引いて見送りもなくドアを閉めました。その冷たい態度に、私はさらに落ち込みました。
通勤電車の中でも、周りの乗客がみな自分よりも幸せそうに見えました。スーツを着こなしたビジネスマンや、楽しそうに会話する若者たち。自分だけが取り残されているような気がしてなりませんでした。
会社に着いても、業務は単調でやりがいを感じられず、上司からの評価も低いままでした。同僚たちは次々と昇進していくのに、自分だけが停滞しているようでした。
帰宅すると、妻は子供を寝かしつけた後、一人でスマホを見ながらため息をついていました。私は声をかけるべきか迷いましたが、結局何も言えずに自分も寝室に向かいました。
このままでは家族が崩壊してしまうのではないかという不安が頭をよぎりました。なんとかしなければ。しかし、どうすればいいのか全くわからないまま、時間だけが過ぎていきました。
2.過労の日々の始まり
妻の不満とストレスを目の当たりにし、家族のために何かしなければという強い使命感に駆られた私は、本業のサラリーマンの仕事だけでは足りないと考え、アルバイトを始める決意をしました。朝7時から始まる本業の勤務を終えた後、そのままアルバイト先へと向かい、深夜4時まで働くという過酷なスケジュールが私の日常となりました。睡眠時間はわずか2、3時間程度で、体力的にも精神的にも限界に近づいていましたが、「家族のため、妻と子供の笑顔のために頑張らなければ」と自分に言い聞かせ、必死に働き続けました。
アルバイトの内容は現場仕事で、体には負担が大きかったものの、時給が良かったため選んだ仕事でした。昼間のオフィスワークとは全く異なる環境で、慣れない作業に最初は戸惑いましたが、同僚たちの助けもあり、徐々に業務をこなせるようになっていきました。しかし、疲労は蓄積し、体のあちこちに痛みを感じるようになりました。それでも、「これも全て家族のため」と思い、弱音を吐くことなく働き続けました。
給料日になると、山田は真っ先に妻と子供の欲しがっていたものを購入しました。「欲しいものは全部買ってあげよう」と心に決めていたからです。妻が憧れていた高級ブランドのバッグや、子供が欲しがっていた最新のおもちゃなど、これまで手が届かなかったものを次々と手に入れさせました。妻の喜ぶ顔を見るたびに、疲れも忘れて幸せな気持ちになりました。
しかし、実際には欲しいものを手に入れても、妻の欲求は次々と新しいものへと移り変わっていきました。高級レストランでの食事や、テーマパークへの旅行、最新の家電製品など、次々と新たな願望が湧き出てきたのです。私はそれらを叶えるために、さらに働かなければならない状況に追い込まれていきました。結果として、貯金は全くできず、収入は全て消費に消えていき、経済的な余裕は一向に生まれませんでした。
一方で、私は自分自身の生活を顧みる余裕もなくなっていました。気づけば手作り弁当もなくなり、食事はコンビニの安いおにぎりやパンで済ませ、昼食を抜くことも日常茶飯事でした。睡眠不足と過労で体調を崩すこともありましたが、病院に行く時間もお金もないため、ただ我慢するしかありませんでした。友人たちとの交流も途絶え、趣味の時間など皆無となっていました。
気づけば、妻は高価なブランド品を次々と手に入れるようになり、私は自分のために使えるお金が全くない状況に追い込まれていました。妻は新しい服やアクセサリーを身につけ、友人たちと高級なレストランやカフェで過ごす時間が増えていきました。休みの日には子供を家に残し、友人との外出を楽しむようになりました。
その間、私は子供の面倒を見ながら、家事もこなす日々が続きました。子供のおむつを替えたり、食事を作ったり、お風呂に入れたりすることにも慣れ、まるでシングルファーザーのような生活を送っていました。妻が帰宅するのはいつも深夜で、子供が寝静まった後でした。彼女は疲れた様子で帰ってきて、そのままベッドに倒れ込むこともありました。
私は妻とのコミュニケーションが取れなくなっていることに不安を感じていましたが、忙しさにかまけて深く話し合う時間もありませんでした。「このままで本当に良いのだろうか」という疑問が頭をよぎることもありましたが、家族の幸せのためには自分が頑張るしかないと自分に言い聞かせていました。
しかし、次第に限界が近づいていることを自覚し始めました。体は常に疲労困憊で、仕事中に眠気で意識が朦朧とすることも増えてきました。アルバイト先でミスを犯し、上司から叱責を受けることもありました。本業の仕事でもパフォーマンスが低下し、同僚から心配されるようになりました。
それでも、私は立ち止まることができませんでした。「ここで自分が頑張らなければ、家族が幸せになれない」という思いが強く、休むことを許せなかったのです。しかし、その一方で、自分自身が壊れていくのを感じていました。
ある日、子供が熱を出し、保育園から迎えに来てほしいと連絡がありました。しかし、私は仕事中でどうしても抜けられず、妻に連絡を取りました。ところが、妻は友人と遠出をしており、すぐには戻れないと言われました。結局、私は仕事を早退して子供を迎えに行き、病院へ連れて行きました。
その夜、山田は妻に「もう少し家庭のことに目を向けてほしい」と伝えました。しかし、妻は逆に怒り出しました。
妻「私は私なりにストレス発散しているの。あなたがもっと稼いでくれれば、こんなことしなくてもいいのに!」
その言葉に、私は愕然としました。自分が必死に働いていることが全く伝わっていないのだと感じたのです。心の中に溜まっていた不満や悲しみが一気に溢れ出しそうになりましたが、ぐっと堪えました。
山田「ごめん、もっと頑張るよ。」
そう言うのが精一杯でした。
3.嘘と借金の膨張
しかし、私の過労の日々にもかかわらず、家計の状況は一向に改善しませんでした。むしろ、収入が増えた分だけ支出も増え、生活はますます苦しくなっていきました。私は自分が「できない人間」だと言えなくて、つい見栄を張るようになってしまいました。
ある日、妻が高級ブランドの新作バッグを欲しがりました。その価格は私の月収をはるかに超えるものでした。本来ならば断るべきでしたが、妻の期待に応えたい一心で、私はこう言ってしまいました。
山田「最近、会社で昇進して給料が上がったから、大丈夫だよ。ボーナスもたくさん入ったし。」
その言葉に、妻の顔が明るくなりました。
妻「本当?それなら安心!ありがとう!」
妻の笑顔を見ると、嘘をついた罪悪感よりも、彼女を喜ばせることができた安堵感が勝ってしまいました。もう2度と妻の悲しい顔を見たくない一心で…。しかし、そのバッグを購入するために、私は新たにローンを組まなければなりませんでした。
それ以降も、妻や子供の欲求に応えるために、私は次々と嘘を重ねていきました。
山田「新しいプロジェクトのリーダーになったから、収入が増えるんだ。」
山田「上司から評価されて、特別手当が出ることになったよ。」
これらの嘘は、私自身を追い詰める結果となりました。借金は雪だるま式に膨らみ、返済額も増えていきました。しかし、家族には本当のことを言えず、ますます深みにはまっていきました。
借金の返済のために、さらにアルバイトの時間を増やしました。睡眠時間は削られ、体は限界を迎えていました。それでも、家族の前では元気なふりをしていました。ある日、子供から心配そうに聞かれました。
子供「パパ、眠い?」
山田「大丈夫だよ。パパは無敵!」
そう言って頭を撫でましたが、内心では自分の嘘が家族にも影響を及ぼしていることに気づき始めていました。
さらに悪いことに、借金の返済が滞るようになり、金融機関からの督促状が自宅に届くようになりました。妻にそれを見られないように、山田は必死で隠しました。電話が鳴るたびに心臓が跳ね上がり、「もしかして借金の件で連絡が来たのではないか」と不安に駆られました。
ある夜、ついに妻に問い詰められました。
妻「最近、何か隠してない?」
山田「いや、特に何もないよ。」
そう言ってごまかしましたが、妻の疑念は晴れないようでした。
そして、ついに決定的な瞬間が訪れました。妻が偶然、山田宛の督促状を見つけてしまったのです。彼女の顔は青ざめ、震える声で問いかけてきました。
妻「これは一体何?借金がこんなにあるなんて、聞いてない!」
逃げ場のない状況に追い込まれ、私はすべてを打ち明けることにしました。これまでの嘘や借金の額、そしてその理由を説明しました。
山田「ごめん。本当は昇進もしていないし、ボーナスも出てない。全部、君たちを喜ばせたくて嘘をついていたんだ。」
妻の目には涙が溢れていました。
妻「どうしてそんな嘘をついたの?私たちはそんなこと望んでなかったのに!」
山田「君を失望させたくなかったんだ。君が欲しいものを何でも手に入れて、幸せになってほしかった。」
しかし、妻の怒りと悲しみは収まりませんでした。
妻「嘘つき!最低だわ!あなたのせいで私たちまで巻き込まれるなんて。お前の作った借金なんだから、責任は自分でとってよ!子供と私は関係ない!」
その言葉に、私は深い絶望を感じました。家族のためにと始めたことが、結果的に家族を傷つけることになってしまった。
それからの私は、妻と子供との関係がぎくしゃくし、家の中には重苦しい空気が漂っていました。食事の時間も会話はなく、妻は私を避けるようになりました。
借金の返済のために、私はさらに過酷な労働を続けました。週7日働き、体はボロボロでしたが、それでも借金は一向に減りませんでした。一方で妻の消費は止まらず、浪費癖は改善される気配がありませんでした。彼女は一度あげた水準を下げることはできず、ストレスから逃げるように買い物や外食を続けていました。それも以前より過剰になっていました。
私は何度も話し合いを試みましたが、妻は耳を貸そうとしませんでした。
妻「もうあなたとは話したくない。自分のしたことの責任をとって。」
その冷たい言葉に、私は孤独と無力感に苛まれました。家族を守るどころか、壊してしまったのではないかと自責の念に駆られました。一方で働いた分全て使い切ってしまう妻に憤りも感じはじめていました。
お金の使い方を考えて欲しいと相談をすると離婚やあんたのしたことのせいだと怒鳴られ、精神的に追い詰められていきました。電話が鳴るたびに借金の催促の恐怖を感じ、心臓が激しく鼓動するようになりました。
ついには職場にも影響が出始めました。仕事中にミスを連発し、上司から厳しく叱責されました。居場所を失いつつありました。
自分にはもうどうすることもできないのではないか、と絶望の淵に立たされていたとき、私はふとある考えが頭をよぎりました。
「このまま消えてしまいたい。」
しかし、そんな弱気な自分を叱咤し、なんとか立ち直ろうとしました。
「まだ諦めるわけにはいかない。家族を取り戻すために、何とかしなければ。」
そう思い、私は新たな道を探し始めました。しかし、その選択がさらに深い闇へと私を誘うことになるとは、この時は知る由もありませんでした。
4.追い詰められる日々
妻との関係が冷え切り、家族の絆が薄れていく中、山田はさらに自分を追い込んでいきました。妻が家にいる土日も休むことなくバイトを入れ、週7日、朝から深夜まで働き続けました。体力は限界を迎えていましたが、「ここで諦めたら全てが終わってしまう」という焦燥感に駆られていました。
しかし、どれだけ働いても、借金は一向に減りませんでした。むしろ、利息が膨らみ、返済額は増える一方でした。妻の消費は止まらず、クレジットカードの明細を見るたびに頭を抱えました。彼女は新しい洋服やアクセサリー、化粧品など、次々と買い求めていました。山田が節約を提案しても、聞く耳を持ちませんでした。
妻「私だってストレスが溜まってるの。これくらいの楽しみがなきゃやってられない。」
そう言われると、何も言い返せませんでした。家族の幸せのために働いているはずが、その家族との溝は深まるばかりでした。
電話が鳴るたびに胸が締め付けられ、心臓がドキドキと高鳴りました。借金の督促の電話や手紙が頻繁に届くようになり、家にいることすら苦痛になっていきました。ポストを開けるのが怖くなり、電話に出ることをためらうようになりました。
睡眠不足とストレスで体調も悪化していきました。頭痛やめまい、胃の痛みに悩まされ、仕事中に倒れそうになることもありました。しかし、病院に行く時間もお金もなく、ただ我慢するしかありませんでした。
ある日、家に帰ると、水道が止められていました。公共料金の支払いも滞っていたことに気づかず、生活はますます困窮していきました。妻は怒りをあらわにし、私に詰め寄りました。
妻「どういうことなの?これじゃ生活できないじゃない!」
「ごめん。すぐに何とかするから。」
しかし、その「何とかする」手立てが見つからないまま、時間だけが過ぎていきました。
食事も満足に取れず、空腹を抱えながら働き続ける日々。体重は減り、顔色も悪くなっていきました。周囲からは「痩せたね」と言われましたが、それを喜ぶ気持ちにはなれませんでした。
精神的にも追い詰められ、夜眠れない日々が続きました。布団に入っても頭の中で借金のことや家族のことがぐるぐると回り、眠気は一向に訪れませんでした。
そんなある夜、ベランダから街の夜景を眺めながら、「自分は一体何をしているのだろう」と呟きました。足元の闇が不気味に見え、思わず身震いしました。
「このままではいけない。」
そう思いながらも、何をどうすれば良いのか全くわかりませんでした。
その頃、職場でもリストラの噂が流れ始めました。「もし自分がリストラされたら、もう全てが終わってしまう」という恐怖が頭をよぎりました。
ある日、上司に呼び出されました。
「君の最近の業績について話がある。」
冷たい声に、全身が震えました。結果的に注意で済みましたが、このままでは本当に職を失うのではないかという不安が募りました。
家族にも職場にも居場所がなくなりつつある中、山田はますます孤独を感じていきました。友人たちにも連絡を取れず、誰にも相談できない状況でした。
そんな時、古い友人から突然連絡がありました。
「久しぶりだね。元気にしてる?」
その一言に、私は思わず涙がこぼれました。彼に今の状況を話すと、彼は優しく言いました。
「実は、もっと稼げる仕事があるんだ。山田にピッタリだと思って。」
その言葉に、藁にもすがる思いで話を聞くことにしました。それが、マルチ商法との出会いでした。
5.甘い誘惑と現実
追い詰められた状況の中、古い友人からの連絡はまさに救いの手のように感じられました。
彼の声は以前と変わらず、懐かしさとともに安堵感を覚えました。彼に今の自分の状況を正直に話すと、彼は親身になって聞いてくれました。
彼の言葉に、私は胸が高鳴りました。「これで家族を救えるかもしれない」という希望が湧いてきたのです。
山田「どんな仕事?」
友達「詳しいことは直接会って話したいんだ。時間あるかな?」
藁にもすがる思いで、山田は彼の誘いに応じました。後日、彼は高級車で迎えに来てくれました。以前はそんな車に乗っていなかった彼が、なぜ急に裕福になったのか、不思議に思いました。
山田「すごい車だね。どうしたの?」
友達「これも新しいビジネスのおかげだよ。山田も始めればすぐに手に入れられるさ。」
彼は笑顔でそう言い、私を車に乗せました。車内は革張りのシートで、音響設備も充実しており、まるで映画の中のような空間でした。
車は市内を離れ、郊外の高級住宅地へと向かいました。大きな邸宅が立ち並ぶ中、一軒の豪邸の前で車は止まりました。
山田「ここは?」
友達「ビジネスパートナーの家だよ。成功者たちが集まっているんだ。」
山田は少し緊張しながらも、彼の後について邸宅に入りました。中にはスーツを着こなした男女が数十人集まっており、皆が楽しげに会話をしていました。豪華なシャンデリアや絵画が飾られ、まるで別世界のようでした。
彼らは山田を見ると、温かく迎えてくれました。
「君が彼の友人か。話は聞いているよ。一緒に成功しよう!」
彼らの明るい笑顔と自信に満ちた態度に、私は圧倒されました。「ここにいる人たちは皆、成功者なんだ」と感じました。
しばらく歓談した後、ビジネスの説明が始まりました。彼らは大きなスクリーンを使って、ビジネスモデルや成功事例をプレゼンしました。
「このビジネスは、入会費を払って組織に加入すると、組織全体が上げた利益が分配されるというものです。ランクが設定されており、一番安いもので25万円、プラチナランクだと56万円となっています。一般ランクだと1年で投資を回収でき、プラチナだと半年で回収可能です。」
彼らはさらに続けました。
「仕組みはシンプルです。君が新しいメンバーを招待し、その人が加入すると、その人の選んだランクに応じてマージンがもらえます。つまり、人脈を広げるほど収入も増えるというわけです。」
プレゼンは洗練されており、成功者たちの豪華なライフスタイルの写真や動画が次々と映し出されました。高級車、豪邸、海外旅行、ブランド品…。彼らはそれらを手に入れたのはこのビジネスのおかげだと強調しました。
「一般的なサラリーマンの年収はこれくらいですよね。でも、このビジネスを始めれば、年収は数倍、いや数十倍にもなります。」
彼らの言葉に、私は心が躍りました。「これこそが自分が求めていたチャンスなのではないか」と感じました。
さらに彼らは、家族の幸せについて語りかけてきました。
「もっと家族を幸せにしたくないですか?ホテルや旅行、行きたいときに好きなところへ連れて行ってあげられて、家族が喜んでいる顔を見たくないんですか?」
その言葉に、山田は妻や子供の笑顔を思い浮かべました。これまで満足にしてあげられなかったことが、一気に叶えられるかもしれないという期待が膨らみました。
「自分の努力次第で年収も上がって、その夢が叶えられますよ。」
彼らはそう断言し、私の背中を押しました。
山田「でも、初期投資が必要なんですよね…」
山田は不安を口にしました。
「大丈夫です。ローンも組めますし、最初の投資はすぐに回収できますから。」
彼らの言葉は甘く、私の不安を和らげるものでした。
その後、成功者たちとの交流会が開かれ、彼らは自身の成功体験を語ってくれました。
「私も最初は借金があって苦労していたけど、このビジネスを始めてから一気に人生が変わったんだ。」
「家族との時間も増えて、子供たちも私を誇りに思ってくれているよ。」
彼らの話を聞くうちに、私は完全にその気になっていました。「自分もこの人たちのようになりたい。家族を幸せにしたい。」
しかし、心の片隅ではまだ迷いがありました。
「本当にそんなにうまくいくのだろうか…」
その不安を察したのか、友人が肩に手を置いて言いました。
友達「大丈夫だよ。僕がサポートするから。一緒に成功しよう。」
彼の言葉に、私はついに決心しかけました。しかし、初期投資の金額を思い出し、現実的にそのお金を用意できるのか疑問が残りました。
山田「実は、今手元にそんな大金はないんだ。」
友達「心配いらないよ。ローンの手続きもこちらでサポートできるし、すぐに回収できるからリスクはないよ。」
彼らは次々と不安を打ち消すように、巧みに話を進めました。
夜も更け、帰りの車の中で友人が言いました。
友達「君なら絶対に成功できる。家族のためにも、やってみないか?家族のヒーローになれるんだぞ?」
その言葉に、山田は心が熱くなりました。家族のために、自分がヒーローになれるなら、どんな苦労も厭わない。
山田は家族の顔を思い浮かべながら、「やらなければならない」という思いが強くなっていきました。
しかし、帰宅後、冷静になって考えると、やはり大きな不安が募りました。お金もこれ以上借り入れられないし、失敗もできない。そこで、ネットでそのビジネスについて調べることにしました。
検索結果には、「権利収入系の詐欺ビジネス」「多数の訴訟」「被害者の声」といったキーワードが並んでいました。公式ホームページの更新も1年以上前で止まっており、信頼性に欠ける情報ばかりでした。
家族の幸せを手に入れるために、これが最善の道なのか。それとも、何か裏があるのではないか。
「やはり、簡単に稼げる話なんてないんだ…」
山田は愕然とし、騙されそうになった自分の浅はかさに腹が立ちました。同時に、家族の幸せを餌に自分を誘導しようとした彼らに対する怒りも湧いてきました。
「もう一度、話をつけなければ。」
山田はそう決意し、彼と再び会うことにしました。
6.怒りと対峙
自分が騙されそうになっていたことに気づいた山田は、怒りと悔しさで胸がいっぱいになりました。信頼していた友人が、自分を詐欺ビジネスに引き込もうとしていた事実に、裏切られた思いでいっぱいでした。
「どうしてこんなことに…。家族を守りたいだけだったのに。」
山田は彼ともう一度会って、真実を問い詰める決意を固めました。電話をかけ、再度の面談を求めました。
「もう一度、詳しく話を聞かせてほしい。」
彼は私の要望に快く応じ、駅のデパートの飲食店で待ち合わせがセッティングされました。しかし、今回は以前とは違い、冷静な目で彼の言動を観察するつもりでした。
場所に着くと、彼は相変わらず明るい笑顔で迎えてくれました。
友達「来てくれてありがとう。決心がついたかな?」
山田は静かに頷き、席に着きました。そして、事前に調べた情報を元に、彼らに質問を投げかけました。
山田「実は、このビジネスについて色々と調べてみたんだけど、多くの訴訟が起こっているようでその点どう思う?」
彼の表情が一瞬曇りましたが、すぐに笑顔に戻りました。
友達「それは過去の話だよ。今は新しい組織になっていて、全く問題ない。先行者利益を得られるチャンスだし。」
山田はさらに問い詰めました。
山田「でも、公式サイトの更新が止まっていたり、被害者の声が多く上がっていたりるすけど。本当に信頼できるビジネスなの?」
彼は少し苛立った様子で答えました。
友達「俺は実際に成功してるし、その証拠もある。お金もあって家族も幸せです。山田もそのチャンスを掴めるんだよ?お前のことを心配して声かけてるのに。」
その時、彼が不意に言いました。
友達「子供、そのままだと可哀想じゃない?」
その言葉に、山田は心の奥底で何かが切れました。家族の幸せを餌に、山田をさらに追い詰めようとする彼の態度に、怒りが頂点に達しました。
山田「いい加減にしろ!」
山田は思わず立ち上がり、彼の胸ぐらを掴んでしまいました。周囲の人々がざわめき、視線が一斉にこちらに向けられました。
山田「お前は人の弱みに付け込んで、詐欺まがいのことをしているんじゃないか!家族を巻き込むな!」
彼は慌てて私をなだめようとしました。
友達「落ち着いて、落ち着いて、誤解だよ、俺はお前のためを本気に思って...」
山田「もう聞きたくない!二度と連絡してくるな!」
怒りと悔しさ哀れさで涙が滲みました。自分がここまで追い詰められていたこと、そして家族のためにと信じていたものが全て偽りだったことに、深い絶望を感じました。
周囲の視線を感じながら、その場を後にしました。外に出ると、冷たい風が顔に当たり、少しだけ冷静さを取り戻しました。
山田「自分はなんて情けないんだ...」
自嘲気味に呟きながら、足早にその場を離れました。
7.残ったのは悔しさと哀れさ
彼との対峙を終え、重い足取りで帰路に着いた山田は、胸の内に深い悔しさと哀れさを抱えていました。自分がここまで追い詰められ、騙されそうになったことに対する怒りと、家族のためにと信じて行動した結果がこの有様であることに、自己嫌悪が募りました。
街の喧騒も耳に入らず、ただ自分の内面と向き合いながら歩き続けました。道行く人々は皆、幸せそうに見え、自分だけが取り残されているような孤独感に襲われました。
「自分はなんて情けない人間なんだろう」
そう思うと、込み上げてくる涙を抑えきれず、立ち止まってしまいました。これまで家族のためにと必死に働いてきたつもりでしたが、その結果が嘘と借金、そして家族との溝を生むことになってしまったのです。
自分の無力さに打ちひしがれ、頭を抱えて座り込んでしまいました。周囲の人々は不審そうな目で私を見ながら通り過ぎていきましたが、その視線も痛く感じました。
「家族を幸せにしたいだけだったのに、どうしてこんなことになってしまったのか」
過去の自分の行動を振り返ると、間違いだらけだったことに気づきました。見栄を張り、嘘を重ね、自分の弱さを隠そうとしていた結果が今の状況を招いたのです。
妻や子供に対して、本当の自分を見せることができず、問題から逃げ続けていた自分。それが家族との信頼関係を壊し、自らを孤立させてしまったのだと痛感しました。
「もっと早く素直になっていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない」
しかし、後悔しても時間は戻りません。現実として、借金は膨らみ、家族との関係も冷え切ってしまっています。これからどうすれば良いのか、全くわからなくなってしまいました。
その時、スマートフォンが震え、通知が表示されました。見ると、銀行からの督促メールでした。それを見た瞬間、心臓が強く鼓動し、息苦しさを感じました。
「もう限界だ…」
全てを投げ出したい衝動に駆られましたが、頭の中には子供の笑顔が浮かびました。無邪気に笑う子供の姿を思い出すと、涙が溢れて止まりませんでした。
「子供にだけは、こんな思いをさせたくない」
その一心で、何とか立ち上がり、家へと向かいました。しかし、家に帰っても、妻との関係は修復されておらず、冷たい空気が流れていました。
リビングでは妻がスマホを見つめており、山田が帰宅しても目を合わせることはありませんでした。子供は自分の部屋に閉じこもり、話しかけることもできませんでした。
「家族なのに、なぜこんなにも遠い存在になってしまったのか」
自分の哀れさに、再び胸が締め付けられました。家族と一緒にいるはずなのに、まるで自分だけが孤独の中にいるような感覚に陥りました。
その夜、眠れないままベッドに横たわり、天井を見つめながら考えました。これからどうすれば良いのか、この状況を打開する方法はあるのか。
「もう逃げるのはやめよう。全てを正直に話して、家族に謝ろう」
そう決心しました。嘘をつき続けた結果、信頼を失ったのなら、真実を話すことでしか取り戻せない。明日、妻に限界だということを話そうと思い翌日妻に話しました。
7.自分を見つめ直す
結局のところ妻はいつものように激怒して怒鳴りつけてきたのですが、もう山田には謝る気力も気持ちに対してわかるよという元気もありませんでした。あまりの無気力感に妻も拍子抜けした感じになり、本当にやばいんだなと察したと思います。
山田「お金のことは自分で全て片付けます。ただ、一度返済をさせてください。あなたが欲しいものがあることや友人と遊びたい気持ちもわかります。ですが、このままでは限界があります。カードも全て返してください。必要なお金は言ってください。僕が出します。」
魂の抜け殻のような状態で淡々と話す山田に妻も寒気を感じたのか、罵声も落ち着いて月の要求額だけ紙に書いてカードを返却して寝室に引っ込んでいきました。
この出来事を通じて、山田は自分自身と向き合う必要があると強く感じました。家族を本当に幸せにするためには、まず自分がしっかりと地に足をつけて生きなければならない。一時の誘惑や甘い言葉に惑わされるのではなく、堅実に努力を重ねて、正直で生きることが大切だと痛感しました。ここから山田の正直人生がはじまっています。
結局、根本的な解決はすぐにはできませんでしたが、その後、債務整理を行い、少しずつ状況を改善していきました。空いた時間で勉強に励み、キャリアアップを図ることに成功しました。決して裕福ではありませんが、自分にはお金を使わず、妻に使うことで、妻は生活水準を変えることなくご機嫌でいてくれます。
また、産後何年も経ち、妻のメンタルバランスも徐々に落ち着いてきました。子供も一人で何でもできるようになり、育児ストレスから解放されたことも大きな要因です。
妻の要求は引き続き変わらないところもあるのですが今は限度を超えた要求には正直にできないと言っているのでなんとなっています。なんなら最近ようやくそれに慣れて仲良しになりはじめたくらいです。
「このままではいけない、何かしなければ」と同じ過ちを繰り返さないためにも思い立ち、山田はこのnoteを始めるにいたっているのもひとつの理由です。自分の経験を通じて、今後同じような悩みを抱える方々に少しでも役立てればと願っています。
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