【hint.245】今年もいい本に出逢えてよかったなぁ

 ある日、「茶筅通し」で、濡れた穂先を鼻先に近づけたとたん、
(あ・・・・・・)
 むぅっと水の匂いがして、かつて住んでいた古い家の梅雨を思い出した。雨が今にもザァーッと来そうで、洗濯物を取り込もうとすると、縁側の床板が、じっとりとした。
 ある日、お釜から柄杓を取り上げようとしたら、庭でサヤサヤと笹の葉をなでて風が渡った。ふと胸のあたりが切なくなった。しくしく泣きながら、通り祭りばやしを聞いた日、ちょうどこんな風が吹いていた。
 口の広い夏の水指の蓋を開けると、水まきした庭の匂いと夏休みの解放感が、生き生きと胸に広がった。
 冬の厚手の茶碗を、両手で回してあたためていると、体が弱くて、いつも寝ていた幼いころの寂しさがよみがえった。
 遠い昔に嗅いだ、風や水、雨の匂いが、その時の感情と一つになって、ふっと立ち現われ、煙のように消えていく。
 過去のたくさんの自分が、今の自分の中で一緒に生きている気がした。
(森下典子 著『日日是好日 ─「お茶」が教えてくれた15のしあわせ─』/新潮文庫 より引用)


 先日も、別の箇所を引用したこちらの本。

 まだまだじっくりと、時折ふっと手にとって開いて読んでは、心地のいい時間を過ごさせてもらっている。

 喜怒哀楽が盛り込まれていながらも、根底には「お茶」や「(お茶の)先生」に対する愛情というか、信頼感、もしくは軽い表現をしてしまえば、好き、という気持ちがゆるっと流れているような雰囲気が感じられるので、決して不快なところまで、筆者の感情の動きに飲み込まれてしまうことなく読み進めることができる。

この本との『分人』」を、時々過ごしたいと思わせてくれる本だ。

・ ・ ・ ・ ・

 過去のたくさんの自分が、今の自分の中で一緒に生きている気がした。

 ここがとても好きなフレーズで、このフレーズに至るまでの、いくつかの具体的な場面の描写とのつながりがとても気持ちいいなって。

 人に何かを伝えるとか、何かを感じてもらうとかって、「抽象的な表現」だけを羅列していてもなかなか難しいですよね。

 やっぱり「具体的な表現」が混ざっていることが重要だなぁって。

 ただ、「具体的な表現」だけですべてが構成されていても、なかなか要領を得ないこともけっこうあるから、こんな風に、最後に一言あるとなんだかしっくりときて気持ちいいんだよなぁ。


 あと、いま書いていて新しく感じたんだけど、

具体的にどんな状況でどんな行動をしているのか、という「状況の描写」が4割、

その時にどんなことを感じているのか、という「心情の描写」が6割。

そんな風に感じるバランスもとても好きだなぁって。

「心情の描写」って、ある状況に対する筆者による「一つの意味づけ」なんだよね。 その「意味づけ」の雰囲気と分量が、僕にとっては気持ちがいいんだろうなぁ。


 うん。今年もいい本に出逢えてよかったなぁ。

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