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お薬のお話〜リスペリドン服用による高プロラクチン血症とその対処

こんにちは、やま茶です。

女性患者にリスペリドンが定期処方されていたら何を考えますか?
実際にあった症例をもとに私の代替案が妥当だったのかどうか検証してみたいと思います。

20××年×月のとある日、6ヶ月前からリスペリドンを1mg/日で服用している方の処方箋を応需した。
この方は、月経困難症で3ヶ月前までピルを服用していたようだが、最近生理が来ないという話を聞き取った。

そこで私の頭に浮かんだのはアリピプラゾールへの変更。生理不順(高プロラクチン血症)になりにくい印象があったからだ。

もちろん、リスペリドンがどういった理由で処方されているかにもよるが、変更が可能であれば、変更した方が治療を続けやすいのではないかと考えた。
聞き取りによると不安症状がありこの薬を服用しているということだった。


高プロラクチン血症を放置すると何が良くないか?1)

プロラクチンは下垂体前葉のプロラクチン産生細胞から主に分泌され、生殖・妊娠・授乳に関連する作用は知られている。それ以外に、このホルモン自体は生体の他の多くの機能に関わっていると考えられている。

プロラクチンは、膵臓・肝臓・子宮・前立腺などの臓器のプロラクチン受容体に結合し、遺伝子の翻訳を変えたりなど様々な経路を通じて各組織へ作用する。

プロラクチン値は、食事やストレス、性生活によって変化し、その制御は複雑でセロトニン刺激でプロラクチンは放出され、エストロゲンはプロラクチン産生を増やす。

しかしながら主なプロラクチンの制御は抑制性であり、ドーパミンはプロラクチン分泌を阻害することで血中濃度を適正に維持している。

D2受容体が主にプロラクチンの分泌に関わり、向精神病薬のD2受容体への作用が高プロラクチン血症を引き起こしやすくする。

プロラクチン放出制御は複雑で、それゆえ様々な薬で高プロラクチン血症を引き起こしうる。

抗うつ薬(三環系・四環系抗うつ薬、MAO阻害薬、SSRI)、消化器系薬(メトクロプラミド、ドンペリドン)、高血圧薬(メチルドパ、ベラパミル、レセルピン)、他セロトニン作動薬、抗アンドロゲン薬、エストロゲン薬、オピオイド、コカインなど。

もし、あなたの患者さんがこれらの薬を向精神病薬と併用しているのであれば、より薬剤性高プロラクチン血症を引き起こしやすい状態にあると考えられる。

先ほど、プロラクチンは生殖機能に関係すると述べたが、話を戻してみよう。

プロラクチン値の上昇は、視床下部のGnRH放出を阻害するため性ホルモン分泌にも影響しうる。一旦GnRH放出が阻害されると、下垂体の黄体ホルモンや卵胞刺激ホルモン分泌も阻害される。これは男女ともに起こることであり、その結果、テストステロンやエストロゲン産生も減少し、精神面・身体面ともに広い範囲で高プロラクチン血症の影響は拡大していく。

以下、その弊害をまとめた2)。

◆短期的な弊害
・生理不順
・乳汁漏出
・女性化乳房
・性機能障害
・不妊
・エストロゲンとテストステロンの産生低下→長期的には骨粗鬆症のリスク

◆長期的な弊害
・骨粗鬆症(性ホルモン低下によるもの)
・乳がん
・代謝障害
・心血管障害のリスク増
・情緒の変化(抑うつ・不安・反感・記憶障害・精神病)

すでにお気づきになったかと思うが、鎮静作用や抗不安作用を期待して向精神病薬が使用されているのにも関わらず、それによってプロラクチン値が高い状態が続くと精神面にも影響するということだ。

向精神病薬の中での高プロラクチン血症のなりやすさは?2)

第一世代向精神病薬は第二世代向精神病薬と比較して、高プロラクチン血症を起こしやすいが、第二世代向精神病薬の中では、リスペリドンとその代謝物のパリペリドンは高プロラクチン血症になりやすい。

リスペリドンによる高プロラクチン血症の発症割合は30%以上とも言われていて、女性に限定すれば70%というデータもあるようです(女性や若い年齢でプロラクチン感受性が高く高プロラクチン血症になりやすい)。

それを示すわかりやすい論文があるので紹介する3)。

Effects of olanzapine on prolactin levels of female patients with schizophrenia treated with risperidone.

リスペリドンの副作用として生理不順や乳汁漏出、性機能障害を呈している統合失調症の女性を対象にオランザピンに切り替えた際のプロラクチン値の変化を前向きに調査した研究。

要約

オランザピンはリスペリドンで治療中の統合失調症女性患者での高プロラクチン血症を改善した。オランザピンは向精神病薬による高プロラクチン血症に対して代替薬となりうる。

行ったこと
⚫︎20人のリスペリドン服用下で生理不順・乳汁漏出・性機能障害を呈している統合失調症女性患者を登録した
⚫︎2週間かけてオランザピンに切り替え、その後8週間オランザピンで治療。2週おきにプロラクチン値を測定した
⚫︎オランザピン切り替え前と切り替え後10週時点のPANSS評価尺度(統合失調症の陽性症状や陰性症状の評価尺度)や錐体外路症状、プロラクチン値などを評価・比較した

わかったこと
⚫︎オランザピン切り替え後、PANSS、錐体外路症状ともに改善。プロラクチン値も顕著に改善し、生理不順や乳汁漏出、性機能障害も改善した

この論文で参考になるのが切り替え前のリスペリドンの用量。
リスペリドン服用下で高プロラクチン血症発症時の平均用量は3.5mg±1.2mg/日。標準誤差も考慮に入れると2mg/日から注意が必要のように思える。

(今回の症例は1mg/日の服用だが、ピルを服用していた影響もあるのだろうか?)

オランザピン切り替え後の用量は、9.1mg±1.8mg/日で、オランザピンは10mg/日くらいでも高プロラクチン血症になりにくいと考えてもよさそう。

以上が紹介論文の内容ですが、こういったプロラクチン値を測定した研究は結構行われていて、最近では、プロラクチン温存薬(prolactin-sparing drug)として、アリピプラゾール、ルラシドン、クエチアピン、クロザピン(特定の施設のみの使用)が提案されている。


高プロラクチン血症になった場合の対処法4)

日本語で調べても情報が少なく(心療内科医がブログに書いてはあるが
根拠の提示がない)、インパクトファクター4〜7の内分泌学雑誌(Journal of Clinical Endocrinology and Metabolism)に高プロラクチン血症の診断と治療ガイドライン4)がまとめてあったので紹介する。

以下、引用。

3.1. 薬剤性高プロラクチン血症が疑われ、その症状を呈している患者は、3日間の薬物治療中止、または、代替薬へ変更しプロラクチン値を再測定することを提案する。(※主治医の相談なしに勝手にはしないこと 薬剤開始と高プロラクチン血症の発症が一致しない場合は、下垂体のMRIを撮って薬剤性かどうか鑑別する)

3.2. 薬剤性高プロラクチン血症を治療せず、長期にわたり、GnRHが低い患者には、エストロゲンやテストステロンを使用する。

3.3. 薬剤性高プロラクチン血症の治療としては、薬剤中止が基本だが、それができなければ、高プロラクチン血症を起こしにくい同効薬へ変更されるべき。さらにそれも厳しければ、ドーパミンアゴニスト薬を精神症状悪化リスクに注意しながら追加する。

引用終わり。

現実的には高プロラクチン血症を起こしにくい同効薬への変更が妥当ではないのでしょうか?
となってくると、先で紹介したような、プロラクチン温存薬(prolactin-sparing drug)として紹介されているアリピプラゾールやルラシドン、クエチアピンあたりが現実的(クロザピンは登録施設での開始と副作用モニタリングが必要のため)。

クエチアピンやオランザピンは代謝障害の内科疾患があると使いにくいし、ルラシドンは薬物相互作用が気になるところ。アリピプラゾールはアカシジアや振戦が出なければ使いやすそう(主観)。

アリピプラゾールといえば、リスペリドンで治療中の統合失調症患者さんで、再燃リスクが懸念される場合、アリピプラゾールを追加することでプロラクチン値を下げるような治療法が流行っているようです。

アリピプラゾールはリスペリドンの代替薬になりうるのか?

Effect of aripiprazole on cognitive function and hyperprolactinemia in patients with schizophrenia treated with risperidone.5)

行ったこと
⚫︎リスペリドン3-6mg/日で3ヶ月安定している統合失調症患者さん35人を対象に最初の12週はプラセボ対照RCTでアリピプラゾール10mg/日追加群とプラセボで比較をした。その後12週はオープンラベル(非盲検)でリスペリドンをテーパリングし(アリピプラゾールへ切り替え)ベースラインと比較した。

⚫︎ベースライン、12週目、24週目でPANSS、ESRS(錐体外路症状評価尺度)を比較。プロラクチン値はベースライン、1週目、2週目、24週目を比較。

わかったこと
⚫︎PANSS、認知機能ともにアリピプラゾール群とプラセボ群で類似していた
⚫︎ESRSやPANSSの陰性症状はリスペリドンテーパリング後も改善
⚫︎プラセボと比較してアリピプラゾール追加群は1週間以内に顕著にプロラクチン値が改善された

つまり、リスペリドン治療中の方で高プロラクチン血症の症状を呈している場合、統合失調症再燃リスクがありリスペリドンから変更厳しければ、アリピプラゾール10mg/日追加も選択肢になりうるし、再燃リスクのない方であれば、そのままリスペリドンテーパリングしていくのも選択肢になりうるということです。

今回私が対応した方は、統合失調症に対する処方ではなく、不安での服用でした。
すでにリスペリドンを服用していることから、強迫症やパニック障害というよりもうつ病に伴う不安や双極性障害に対して使用されていると考えられ、いずれもアリピプラゾールを含む第二世代向精神病薬が補助療法として適用されています6)。

不眠や興奮状態がある場合は、リスペリドンよりも鎮静作用が少ないのでアリピプラゾールは不向きかもしれませんが、うつ病に併存する不安症状に対しての処方であれば、現時点では、大規模RCTのデータは不足しているものの、アリピプラゾールは他の第二世代向精神病薬と同等の効果があるとされており7)、適当な選択肢であると考えられる。


参考文献

1) Bostwick JR et al. Antipsychotic-Induced Hyperprolactinemia. Pharmacotherapy 2008;29(1):64-73. PMID:19113797.

2) Stojkovic M, et al. Risperidone Induced Hyperprolactinemia: From Basic to Clinical Studies. Front Psychiatry. 2022 May 6:13:874705. PMID:35599770.

3) Kim KS et al. Effects of olanzapine on prolactin levels of female patients with schizophrenia treated with risperidone. J Clin Psychiatry.2002 May;63(5):408-13. PMID: 12019665.

4) Melmed S et al. Diagnosis and treatment of hyperprolactinemia: an Endocrine Society clinical practice guideline. Clin Endocrinol Metab. 2011 Feb;96(2):273-88. PMID: 21296991.

5) Lee BJ et al. Effect of aripiprazole on cognitive function and hyperprolactinemia in patients with schizophrenia treated with risperidone. Clin Psychopharmacol Neurosci. 2013 Aug;11(2):60-6. PMID: 24023549.

6) 松崎朝樹. 「精神診療プラチナマニュアル第2版」. 株式会社メディカル・サイエンス・インターナショナル,2020.

7) Katzman MA rt al. Aripiprazole: a clinical review of its use for the treatment of anxiety disorders and anxiety as a comorbidity in mental illness. J Affect Disord. 2011 Jan:128 Suppl 1:S11-20. PMID: 21220076.

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やま茶
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