見出し画像

第5章:ニュースと新聞の行方(後編)


欧米のニュース状況

 欧米の新聞社では、インターネット時代に対応したビジネスモデルの再構築に向けた意欲的なとり組みが行われています。
 イギリスの経済誌『フィナンシャルタイムズ』が、先駆的です。2014年上半期 の平均で、電子版・紙版を合わせた発行部数が 万2000部。これは前年比8%増 で購読者の %が電子版の読者。広告収入よりも購読による収入のほうが多くなって います。広告収入に依存せずに、読者から購読料を払っても読みたいと思われる信頼を得ることを方針にしています。 『ニューヨークタイムズ』のとり組みも注目を集めています。『ニューヨークタイムス』は、1851年創刊の老舗新聞社で、ニューヨークの中心地「タイムズスクエ ア」は、 42丁目の本社ビル設立を契機に名づけられていることでも有名です。アメリカを代表する高級紙です。 
 2014年に、同社の社内資料がリークされて大きな話題になりました。 「innovation」と題されたその資料は、スキャンダルなどの醜聞ではなく、
社会の変化に対応する踏み込んだ内容で、逆に評価を上げるという珍しい結果になりました。会社の隅々まで詳細な改革案が提示されているのですが、僕が注目したのは、記者に対してツイッターやフェイスブックの使用を奨励していることです。日本のメディア企業は、社員のソーシャルメディア利用について、黙認はあっても、積極的な奨励を行っていません。この改革案では、記事を出す前にツイートして読者の意見を求めることや、記事が出た後に、読者が投稿できるように「グーグルプラス」の グループをつくることを提案しているだけでなく、記事が書かれた裏舞台の事情も書 くように促しています。従来の新聞記者とは全く違う姿勢が必要だと訴えているのです。
 他にも、アメリカの経済紙『ウォールストリートジャーナル』やイギリスの代表的な新聞『ガーディアン』も、積極的に電子化にとり組んでいます。 共通するのは、「デジタルファースト」という姿勢への転換です。デジタルでの記 事を優先して、紙を補完的な役割だと捉える、新聞社としてのビジネスシステムの「再構築」が行われています。 『ニューヨークタイムス』と並ぶアメリカの老舗新聞社『ワシントンポスト』をアマゾンの創始者ジェフ・ベゾスが買収して注目されたのは、2013年のことです。アマゾンと資本関係は結ばずに、ベゾス個人が所有し、編集権は尊重する形で運営が続 いているようです。買収の真意はわかりませんが、新聞社の持つ、コンテンツ制作能 力、ブランド力への評価がベースにあると思われます。

日本の新聞社のデジタルへの 取り組み

 欧米新聞社のデジタル化へのとり組みは、このままでは生き残れないという背水の陣でのとり組みでした。
 日本の新聞業界はどうなっているのでしょうか? 2014年1月の新聞協会の発表によると、日本の新聞の総発行部数は2014年 月現在で4536万部だそうです。前年より3・5%減で、163万6796部という過去最大の減少幅だそうです。一般紙は 年連続、スポーツ紙は 年連続の減少 になっています。危機的な状況といえるでしょう。
 たとえるなら、以前はニュースは、朝日新聞という包装紙に包まれていました。それだけで、髙島屋や伊勢丹など高級デパートのような価値がありました。個々の ニュースが日用品になったことで、イオンやドン・キホーテのようなディスカウント ストアと同じ土俵で戦うことが強いられているのです。
 そんな中で、日本の新聞社のデジタル化の取り組みはどうなっているのでしょうか?

 いち早く電子版を開始し、有料化に踏み込んだのは、日本経済新聞です。
 日経新聞の記事をインターネット上で読める電子版をはじめたのは、2010年です。2014年 月1日現在、日経電子版の登録会員数は250万人超。このうち、 有料会員は 万人と発表されています。紙の日経新聞の発行部数が277万部と発表 されていることから考えると、また購読料が、紙との併用で月額1000円、電子版 のみだと4000円ということを考えると、無料版、有料版ともに、ある程度、成功 しているといえるのではないでしょうか?
 日経新聞は、経済に関する新聞として権威があり、ビジネスマンは必ず読むべきで あるというブランドを確立しています。そのブランドが電子版においても有効という ことは証明されました。電子版の1日あたりの記事数は約900本と、紙の朝刊・夕 刊の3倍。 時間でニュースを伝える速報や株式市場や企業業績の最新データなど、 電子版ならではのコンテンツ配信を行ったのも支持された理由かもしれません。
 ただし、この価格設定をみる限り、あくまで、紙の新聞を「幹」と捉えて、補完す る存在として電子版を位置づけているようにみえます。
 朝日新聞もデジタル活用に積極的に取り組んでいます。1995年にはじまった「asahi.com」は日本のインターネットにおける老舗メディアで長らく無料で した。2011年からはじまった有料サービス「朝日新聞デジタル」に、2012年に 統合されました。2014年の総ユーザー数は172万人、有料会員は 万人となっています。
 朝日新聞は海外のネットメディアの日本法人の運営も行っています。テクノロジー系のウェブメディア CNET JAPAN を2009年に開始、オールジャンルのブ ログ型インターネット新聞『ハフィントン・ポスト』には2013年に、出資してい ます。特に『ハフィントン・ポスト』のアメリカで開発され、成功を収めている新し いジャーナリズムの仕組みを日本でどのように展開していくのか注目を集めています。
 他にも、オープンイノベーションによる「新商品開発」というテーマで、「朝日新 聞メディアラボ」という新組織をつくるなど、積極的な動きをみせています。これらの動きから、定期購読者の高齢化と右肩下がりの状況に対して、デジタル化 や新しいメディアの開発で顧客を若年層などにも広げようとしている新聞社の姿勢を感じることができます。

エンゲージメント時代の ニュースの「再定義」

 さて、新聞社をとり巻く現状をみてきました。ここで「ニュースの再定義」をして みましょう。
 ニュースが「コモディティ化」して、無償の集客ツールとして使われている現状があります。誰でもニュースを発信することができますし、SNS上で人を媒介に広く 伝えることもできる時代です。インターネット上の情報は、多対多のコミュニケーションで拡散していきます。
 だからこそ、ユーザーは自分の目で真偽を判断することが必要になってきています。ニュースペーパーの「コモディティ化」といいながら、トイレットペーパーとニュースが違うのは、世に溢れている商品に、実際には大きな「品質差」があり、玉石混合になっていることです。
 最も大切なのは、このサイトの情報は信憑性が高いと、ユーザーからの信頼を得ることです。情報がユーザーからユーザーに伝わっていく時代だからこそ、信頼×信頼 ×信頼......と乗数的にブランドを上げていくことが可能です。新聞社が他のネットメディアサービスと比較して優れているのは、ニュースの解説 記事や、社説などで論陣を張れることです。たくさんの記者を社員として抱えていま すので、著作権を所有した「自社コンテンツ」を膨大に生み出すことができます。
 長い歴史を持ち、日本の社会構造の中に、しっかりと組み込まれていることも強みです。国会や役所などで、登録した記者しか参加できない「記者クラブ」の仕組みは 批判されることもありますが、第四の権力として社会的立場が担保され、取材活動が 認められている意味は小さくありません。
新聞社の社会的な使命は、輪転機で印刷された紙を日本中の自宅に届けることではありません。そのモデルに固執しても、すでに賞味期限切れです。現状を既得権と捉えて守る側になるのではなく、時代に適応した新聞社になるべきです。
 ニュースが「コモディティ化」した社会では、個人から発信された情報であっても、ソーシャルメディア上に、キュレーション力の高いフォロワーをたくさん抱えて いれば、大きな影響力を持つ「ニュース」を発信することが可能です。情報を発信するメディアは、これまで以上に、信頼されるブランディングと、読者と長期的なエンゲージメントを結ぶことが必要になっています。

新聞社が取り組むべき デジタル新規事業を提案

 最後に、大手新聞社向け新規事業提案を披露します。新聞社にしかできないビジネスモデルです。
 朝と夕方の1日2回、読者の自宅に新聞を届ける販売店制度は日本独特の仕組みです。読者開拓の市場が飽和し、下降している時代に販売店網の維持が課題になっていますので、この新聞販売店の活用施策を兼ねた新事業の提案をしたいと思います。販売店を使って、デジタル端末の営業とメンテナンスをやるというのはどうでしょうか?
 たとえば、読売新聞がアンドロイド搭載の自社タブレット「Yomiuri Pad」をつくって、販売するのです。日本の電機メーカーと提携してもよいです が、台湾メーカーなどにOEMすればタブレットを安価に製造することは難しくない 時代です。年間購読契約者には無償で配っても十分回収は可能です。
読売新聞は934万部と世界一の発行部数を誇っています。3分の1としても30 0万個のタブレットを家庭に届けることになります。このタブレットのトップページ は、自社媒体にできます。300万人ユーザーを抱える巨大なメディアであり、イン ターネットのポータルサイトになります。新聞購読者は高齢者が多いですから、販売 店のスタッフがタブレットの使い方を直接、指導します。故障などがあればメンテナ ンスも行います。
 

販売店は読者の家族構成や生活環境も知っていますから、膨大なユーザー情報を手に入れることも可能です。近年のインターネットで関心の高い「ビッグデータ」を販売店経由で手に入れることができるのです。
 若年そに届かないと嘆くのではなく、高齢者を中心とした既存読者を、デジタルへナビゲートすることでビジネネスにするという考え方です。他の事業者ではアクセスできない高齢者をオンライン化することができれば、大きな価値があり、そこにはビジネスチャンスが眠っています。今プラットフォームは複数は必要ないですから、一社で取り組むのではなく、大手新聞社が共同で運営するのもよいでしょう。
「宅配店制度」という有効性を失いつつある経営資源の有効活用する施策として、我ながら名案だと思うのですが、いかがでしょうか?

 世界で稀に見る巨大な部数を、自宅まで届けるという日本独自の新聞社のビジネルモデルを活かすビジネスアイデアも書いてみたのですが、新聞社の経営者の方にはこういう発想は無かったようです。おっかなびっくりデジタル化しながら、販売店については「ゆっくり死んでいく」ことにしてもらうという経営判断のようです。日本的というか、残念な印象です。
 ニュース報道の問題には、ジャーナリズムという経済合理性だけで決められない社会の要素も含まれてきます。日本の未来を考える時に、重要な課題の一つです。拙書では話が拡散するので触れていませんが、新聞社ということでいうと、地方新聞社の問題もあります。テレビ・ラジオ等の放送局を系列で持ち、地方が情報発信をしていくために重要な役割を担っています。紙からデジタルというメディアの変化の中で、新聞社の経営の舵取りは重要な局面を迎えて久しいですが、無策に思えます。

  誰もがSNSで発信でき、興味を引けば拡散されるというニュースのコモデティ化が起きています。だからこそ、きちんと教育された記者が取材したニュースと分析、解説には価値があるという側面もあるのですが、現状はその強みを活かせていないように感じます。
 ウエブメディアとしての評価は、PVという、見られた数という基準が基本になります。PVによる評価も視聴率偏重主義がテレビを駄目にしたの似ていて、コンテンツの評価は多面的にする必要があるはずです。
 これまでは「新聞」というパッケージで購読されていたニュースが、記事単位にバラバラで消費される時代、YoutubeやSNSで誰もが発信できる時代、ニュースと新聞の行方は、いまだ先行き不透明、大まかには暗い、というのが5年経っての感想です。

podcastはRADIO TALK、Spotifyなどで配信しています。ブックマークをお願いします。メルマガも毎週発行です。読者登録お願いします!


モチベーションあがります(^_-)