第2章:コーライティングの作法2〜キャリアアップの手段として
キャリアアップの手段として考える
印税の話を見てきましたが、正直なところ、「4人や5人で割ったら、全然自分に入ってこないじゃん!」と思った人も多いのではないでしょうか? 実際に作業をしてみて、「何にもしてないあいつと俺が同じ印税率だなんて、おかしい!」という疑問を抱く人も、 確かに少なくありません。
特に、「自分1人で完パケできる」と考えているクリエイターであれば、わざわざ印税率を減らしてまでコーライティングをするインセンティブは低いでしょう。
でもそんな人でも、10曲の内3曲くらいはコーライティングを試してほしいというのが、僕達の考えです。
自分で作る作業はちゃんと行ないつつ、3割くらいは人と一緒に作ることで、必ず刺激を受けることになります。そもそも、これからキャリアをスタートしようという人が、ずっと1人で作業をしていくというのは、とてもしんどいことだと思うのです。たまには自宅スタジオから出てコーライティングをすることで、孤独な作業か ら解放され、刺激を受け、自然な形で人脈を作ることが可能となります。
また、例えば3人で書いた曲であれば、曲が採用された場合にブログやSNS等で告知をする効果も単純に3倍にはなるでしょう。そして、1人で作るよりは効率が良いので、世に出ていく曲の数も増えていきます。これにより、チームやメンバーへの注目度も上がっていくので採用率は上昇し、才能のある人材も集まってきます。単純に印税が減ってしまうと考えるのではなく、コーライティングには実績作り、ブランディングという面でのメリットがあると考えら れると、“1人完結型”のクリエイターも納得がいくのではないで しょうか。実際、欧米ではこういったステップを経てのし上がっているチームがたくさんあるのです。目先のお金のことだけではなく、自分自身のキャリアアップの手段として、コーライティングをとらえることも大事なのだと思います。
出口も考える
コーライティングの役割シェアについては何度か話してきました が、作った曲の出口をどうするかも、とても大事です。つまりは、その曲をどこに売り込むのか、ピッチングするのか、ということですね。
そもそもコーライティングは、クリエイターが集まって目標を設定するところから始まります。"どんな曲を作りたいか“ ”だれに歌ってもらいたいか” を決めてから、作業を進めるわけです。ですからその設定には、ある程度のリアリティが必要になります。
海外のコーライティングキャンプ/セッションは、音楽出版社や有力クリエイターが主催することが多く、ゲストでアーティストを抱えたプロデューサーやレコード会社のA&R、最近ではアーティスト自身も参加するなど、出口を設定しやすい環境となっています。そもそも、あるアーティストがアルバムを出すとかデビューするというタイミングで、曲がたくさん必要になってキャンプやセッションが開催されたという経緯もあります。
また、海外のクリエイターと日本人クリエイターがコーライトをする場合は、魅力のある日本マーケットに進出するのが、先方の狙いということも多いでしょう。海外のクリエイターは、だれとコーライトをするかということにとてもシビアです。メンバーの中に日本の音楽業界におけるチカラ/コネクションを持っている人間がいるかどうかは、大きな違いとなります。 コネクションばかりを重視するのもどうかとは思いますが、具体的な出口の見えない作業では意味が無いので、リアリティのある目標が持てる環境なりメンバーでコーライトをするように心がけてく ださい。
空気を読まない
「日本人は議論が苦手」とよく言われますが、そういう意味では、 残念ながら「日本人はコーライティングが苦手」というのも事実です。協調性があって、空気を読んで、みんなに合わせることがよしとされる風土が日本にはあるので、そんな人達が集まっても、化学反応は起きないし、無難なものしか出来上がらないのです。
僕達がよく言うのは、「3人でちゃんとケンカしなさい」ということ。音楽に関しては、日本人だということを忘れるくらいとことん言い合い、ケンカする。だけど、当たり前ですが人間性に関する悪口は言わない。これが、基本的なアティテュードになります。例えば「メロディがダサいから直そう」は言った方が良いですが、「君は性格が暗いから、メロディも明るくならない」とは言わない、というような意味です。
コーライティングに参加するときくらいは、空気を読まないようにしてください! コーライティングは、お友達と仲良く一緒に曲を作るということではないのです。
そんなアティテュードを前提にして、自分が持っているものを、 自信を持ってどんどん出していきましょう。それを他のメンバーが良いと思わなければ、単にスルーされるだけでリスクはありませ ん。“良い曲を作る”という目標に向けて、どんどんアイデアを投げていくのが肝心です。
また、自分の意見に固執しすぎないことも大事です。基本的には自分の意見も言いつつ、曲としてまとめるためには折り合うことも必要になります。そこにこそ、化学変化が起きる原因があるのです。 そして、自分とは異なる意見でも、試した結果が良ければきちんと 褒めましょう。自分の意見を押し通すのが目的ではなく、素晴らしい曲を作ることが目的だということは、忘れないように。結果が良ければ、それは自分の手柄にもなるのです!
曲が出来上がった際に「いや~、今回はなんにもやってないので、 外してもらっていいです」「これで印税をもらうのは申し訳ないで す」なんて言っている人をときどき見かけますが、これは大間違い。 海外では「あの曲は俺が書いたんだよ」なんて威張っているヤツがいるから話を聞いてみると、実はお茶くみだったなんてことがザ ラにあります。もちろんクレジットはされているのですが、彼らはそうやってのし上がっていくわけです。そういう“したたかさ”を、 日本人も見習ってよいのでは、と思っています。
とにかく曲が出来上がったら、それまでの言い合いもどこへやら、「やったじゃん!」「この曲最高だよね!」と言い合う海外のコー ライティングキャンプの屈託の無いノリが、欲しいです。日本人的 な謙遜の美徳は意味がありません。“したたかさ” と “屈託のなさ” がコーラティングには大切ですので、心がけてください。
とにかくたくさん作る
クリエイターの皆さんに質問です。
あなたは今、年間どれくらいの曲を作っていますか?
“1人完結型”だとしたら、50曲くらいが限度でしょうか?でもコーライティングであれば、作業が分散するので、年間100 曲を完パケることも夢ではありません。実際、本書に登場していた だいたヒロイズムさんや岡嶋かな多さんも、1年で100曲以上の作品を生み出しています。 特にトップライナー、仮歌、作詞家、ディレクターであれば、パソコンでの作業をトラックメイカーアレンジャーに振れるので、 非常に効率よく曲を仕上げていくことが可能になるでしょう。
これは、印税率が下がる分を補う面があると同時に、自身の経験値を上げていくというメリットもあります。
A :通るか通らないか分からないコンペの〆切に向けて、1人で 黙々と1週間作業をして、1曲を仕上げる。
B :メロディメイカーとして1週間毎日コーライティングを行な い、曲を提供したいと思っているアーティストに向けて7曲作る。 数日後にメンバーのトラックメイカ̶達から、完成した7曲のデモ が仕上がってくる。
もちろん単純に比較はできませんが、少なくとも、Bの方が楽し そうではありますよね。トラックメイカーはそれぞれ、制作環境や制作手法が異なるでしょうし、作風もまた十人十色。そんな人たちと一緒になって瞬発的に曲を作っていく作業は絶対に刺激的だし、曲作りの肥やしになるはずです。
あまり構えること無く、コーライティングでどんどん曲を作っていきましょう!
他人の技を盗む
コーライティングをしていると、「曲っていろんな作り方があるんだなぁ」とあらためて実感します。一緒に作業をする相手によって、やり方は毎回変わってくるからです。ですから、「あ、自分にはこのやり方が合っているな!」というような発見や気付きも、当 然ながら出てくることでしょう。
また、DAWの使い方や楽器の弾き方、メロディへのコードの付け方など、その分野を得意とする人の作業を間近で見ることで得られる発見も、たくさんあるはずです。スペシャリストの技を盗むチャンスなので、「自分の役割以外は関係無い」などと思わず、オープ ンな心で参加しましょう。きっと、自分1人で作業をする際にも、 ポジティブなフィードバックがあるはずです。
インディペンデントであること
完全に個人で活動をしているフリーの作曲家・編曲家もいますが、多くの場合は作家事務所とエージェント契約を結んでいることと思います。
事務所によって契約の内容は異なりますが、専属契約、ショット契約の2種類があります。専属契約は仕事のすべてを事務所がマネージメントして、その報酬も事務所を介して支払われます。そのため、営業や交渉、プロモーションやブランディングまで事務所に一任して、自分はクリエイティブに専念できるという利点があります。またショット契約というのは、事務所からコンペや楽曲募集の情報をもらい、その情報によって採用が決まった場合に楽曲単位で契約を交わすこと。この場合、その事務所の専属作家になるための 予備軍であることが多いです。
しかし、クリエイターによっては、フリーでありながら興味のある情報が出た時だけ作家事務所と付き合ったり、幾つかの作家事務所と掛け持ちで付き合ったりと、上手に作家事務所を利用している人もいます。当然、作家事務所も優秀なフリー作家を上手に利用しているので、持ちつ持たれつの関係が成り立っているのです。
このショット契約の作家(専属作家になるための予備軍でない) であれば、自由にコーライティングに参加することができます。しかし、専属作家(予備軍も含む)の場合は、事務所に報告や確認が 必要であったりすることもあるし、事務所がとても大事にしている 専属作家さんの場合だと、コーライティングにマネージャーさんが 付いて来てしまうこともあったりして、こうなるとなかなか気兼ねなく作業することも難しくなってしまうのです。専属契約が悪いということではないのですが、コーライティングに自由に参加できる ように(周りが気軽に誘えるように)、事務所とよく話し合っておくと良いでしょう。
欧米では、コーライティングにマネージャーが付いてきて作業の様子を窺っているような作家は二度と呼ばれません。彼らはFacebookなどを使って、自分に合ったコーライティングキャンプ やコーライティングセッションを探します。主催者にメール/メッセージを送ってブッキングし、飛行機、ホテルを自分で予約します。 当日、スタジオに1人で現われ、いろんな人種のいろんな言語のクリエイター達とコーライトする。こういったことが、世界中で日々行なわれているのです。
そういう意味では、これからのクリエイターは事務所に所属しているかどうかに関係無く、セルフマネージメント/セルフブランディングをできる必要があります。マインド的にインディペンデントであることが重要なのです。
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2022年8月付PostScript
7年以上経って、読み直して、ここに書かれていることは、本当に正しいなと改めて思います。特に感じるのは、「クリエイターとして成長する機会としてのコーライティング」という観点です。プロフェッショナルスタジオでのセッションがメジャー制作の中心だった時代には、スタジオワークの中で学びの機会がたくさんありました。一流のレコーディングエンジニアの耳とスキルに触れることは貴重な機会でしたし、凄腕のスタジオミュージシャンの音を聴き、会話することが成長の機会になっていました。リリースクオリティの音源をDAWで完成させられるようになったことは素晴らしいことですが、一人でPCに向かって作業するだけで、クリエイターとして成長を続けることは難しいことです。様々な人とのコーライティングすることが、今の時代の一番の成長の方法だと思います。
近年はK-Popが世界を席巻していますが、K−Popを解説する時に、必ず語られているのがコーライティングの効用です。一時期、一定のキャリアおもつ作曲家に「アンチコーライティング派」の論陣を張る人がいましたが、いつの間にかいなくなったのは、K-Popヒットのせいもあるかもしれません。
日本以外のプロの作曲家は、インディペンデントにセルフマネージメントする姿勢を基本に、コーライティングをしながら、キャリアアップをつかもうとしています。言葉としては日本でも知られてきたコーライトですが、その意義と活用法を改めて伝える時期にきているなと感じています。
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