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これからの音楽家のために考えたい「透明な分配」とリスペクトされることの重要性〜音制連vsMPNの著作隣接権議論〜

 音楽業界出身で、書籍などを書いている立場から、様々な場面で音楽に関する権利の話を説明する機会が多いのですが、経験がない人に理解してもらうのが難しいのが著作隣接権です。
 僕は必ず「今日はこれを覚えて帰ってください。一つの音源には3つの権利が存在しています」と話すようにしています。
 「著作隣接権は著作権みたいな権利だけれど、著作権より少しだけ弱い権利と僕は理解していて、大学の法学部の試験の回答でそう書いたら間違いだけれど、実務的にはそんな感じで大きな問題はないはずです。原盤権と実演家の隣接権があります」と言います。


一般には分かりづらい実演家の著作隣接権

出典:『プロ直伝!職業作曲家への道』 http://amzn.to/1AWF8fj

 「実演」というのも法律用語で、歌ったり、演奏したり、最近で言えばDAWに関する作業も含みますし、踊る、朗読するみたいなことをする人も含めて「実演家」と呼びます。録音された音源には、参加した実演家は著作隣接権を有するということです。
 通常は、レコーディングをする際に、原盤権をもつ会社(レコード会社や音楽出版社や事務所)から音楽家に対する対価(アーティストには印税/サポートにはギャラ)が払われますが、CDやストリーミングサービスでの利用は、その範疇だけれど、例えばTVやラジオで流される分までは契約的に含んでいないことが多いので、「二次使用料」が支払われるという仕組みが日本にはあります。放送局が音楽業界団体にまとめて支払いをして、実演家に分配されるという仕組みがあるのです。年間で60億円くらいの規模はありますので、決して小さな金額ではありません。

アーティスト愛の強い名マネージャー野村達矢さん

 今回、日本音楽制作者連盟の野村理事長が問題提起しているのは、その放送での二次使用料の分配方法が公正さに欠けるのではないか?という話です。詳しくはmusicman-netのインタビューをご覧ください。

 野村さんは、BUMP OF CHICKENやサカナクションを成功に導いたレジェンド的な名マネージャーです。アーティストへの愛情も深く、正義感も強い方です。社長となったヒップランドミュージックでは、FRIENDSHIP.というディストリビューションサービスも提供し、FRIENDSHIP.DAOというWeb3型の事業も始めると発表するなど、テクノロジーにも識見をお持ちです。
 今回の告発めいたインタビューには、ただならぬ覚悟を感じました。普段は温厚でバランス感覚もある人なので正直、驚きましたが、ミュージシャンに対する愛着も強いので、ここに至るまでの展開が、よほど腹に据えかねたのでしょう。分配データの透明性を重要視する主張は権利者団体の代表として正当なものだと思います。

 僕も音制連の理事を8年間(2005年~2013年)務めました。隣接権の分配を行うCPRAの貸レコード委員会の交渉責任者となったこともあります。ですから、権利分配におけるデータ収集や活用の難しさは知っているつもりです。権利者を正確に特定すること、楽曲/原盤の使用状況を正確に把握することは簡単ではありません。正確なデータにするためにコストを掛けてしまうと、肝心の音楽家への分配額を減らしてしまうことになりますから、「1円まで正確に、誰から見ても公平になる透明性を」という原則に反対する人はいませんが、ではそのコストは幾らまでが適切なのかの答えは簡単ではありません。特に、以前は紙ベースのアナログデータを集計して分析データを作成していましたので、作業も大変でした。先人たちの知恵と苦労で分配方法を工夫してきたのは、JASRAC(音楽著作権)もCPRA(音楽隣接権)も同じです。ただ、テクノロジーの発達で、完全かつ透明な分配データを安価に手に入れることが可能になってきているのが近年です。放送で使われる楽曲も以前は、ディレクターが記入したキューシートをアナログ的に集計していましたが、今は、オーディオフィンガープリントという技術を使って、放送局のすべての番組をクローリングすることで、100%に近いデータを作成できるようになっています。
 今回問題となっているMPNによるP-LOG(日報)データもアナログ時代の産物です。レコーディング関係者によるアナログな申告データとなっています。作り上げた方のご苦労には感謝しますが、今の時代の基準だと、不正確になるのは当然ですし、時代遅れなので変えていこうという主張は真っ当です。

 Yahoo!のこの記事では「音楽業界の不都合な真実」とタイトルをつけられてしまっているように、普通に今回の話を知った人は、MPNが既得権者の集まりのように思ってしまうことでしょう。残念なことです。

スタジオミュージシャンが若者の憧れだった時代

 デジタル化が音楽に与えた影響は測りしれず大きいのですが、最も大きいことの一つが、アーティストの自宅作業でクオリティの高い音楽が作れるようになったことです。音楽創作/制作の仕組みや方法論も大きく変化しました。これは音楽家たちの意識にも変革を与えます。今回の隣接権論争の前提になっているFA/NFA(フィーチャードアーティスト・ノーフィーチャードアーテイスト)区別の考え方も変わってきています。同時に、作曲と編曲の境も曖昧になり、コーライティングで音楽家たちが作品を作り、レーベルサイドは選ぶだけという役割の変化が起きているのです。

 僕が、NFA、サポートミュージシャンに話す時に必ず思い出すのは、スタジオミュージシャンが花形だった時代です。シンガーソングライターとアレンジャーとスタジオミュージシャン、そしてレコーディングエンジニアがプロフェッショナルスタジオという環境で丁寧に作品を作り上げるのが20年くらい前までのポップミュージックの作り方でした。今、世界で再評価されているシティポップは、その音質、音像感が大きな魅力になっていると僕は思っているのですが、スタジオミュージシャンが支えたことで成立したクオリティです。
 僕はシティポップ全盛の時代は、まだ子供でしたが、その後、自分の会社(BUG)で、スタジオミュージシャンの代表的な存在の一人だった名ドラマー村上 "ponta" 秀一のマネージメントを15年やらせてもらったので、スタジオミュージシャンの矜持と実力は理解しているつもりです。朝から8時間位スタジオで演奏して、1時間1万円以上のギャラを稼いだあと、夜には自分のバンドでライブハウスで演奏するみたいな生活が彼らの日常でした。かっこいい存在として、音楽家志望の若者たちからは尊敬と憧れで捉えられていました。数々のヒット曲、大スターのレコーディングに参加してました。

カッコいい存在だからギャラが高かった村上PONTA秀一

 ポンタさんは、演奏力、表現力が高いのは大前提に、自分のブランドがギャラに含まれていることも理解していました。ロジカルというより感覚的に「ダサいことはやりたくない」という方が強かったのかもしれまん。矢沢永吉、沢田研二そしてドリカムなどのツアーサポートを業界最高額の高いギャラでも頼まれるのは、音楽に関する最高級の職人であり、かつカッコイイ存在で、村上秀一がサポートメンバーにいることでツアーの価値が上がるといブランディングがあったからでしたし、本人もそれをわかっていました。ミュージシャンは音楽にピュアで、そしてファンから見て、カッコいい存在でなければいけないと信じていました。鬼籍に入ってしまったポンタさんが今回の騒動を知ったらなんと言うでしょうか?MPNの初期の主要メンバーでもあるはずですが、既得権者のようなブランディングになってしまっていることを「ミュージシャンがカッコ悪いのは最悪だろー!」って看破するでしょうね。

 MPNの執行部、事務局のみなさんには、NFAのミュージシャンのブランディングを高めることも自らの重要な役割だと認識していただきたいです。
 MPN代表の椎名和夫さんは、ポンタさんと同世代の71歳。MPN設立前から中心的な存在なだけではなく、芸団協CPRAや映像コンテンツ権利処理機構aRmaなど、長く音楽業界、特に権利団体の領域で貢献の大きい方です。経済産業省の委員会でご一緒したことがありますが、その高い識見と、長年のご苦労には尊敬しかありません。存在感が大きいのもうなずけます。ただ、25年以上もトップが同一人物というのは組織として健全では無いのでは?と傍から見ていて思ってしまいます。他の業界団体は、代表は2期4年/3期6年が基本とするなどの内規があって、代表者は選挙で変わっていきます。MPNだけ特殊になってしまっています。
 今の時代は、「良い演奏だけして、ビジネスのことは他人任せ」というプロ音楽家は存在できない時代です。会員ミュージシャン、特に30代40代は、70代に任せるのではなく、自ら声を上げ、事態を把握し、MPN改革に乗り出してもらいたいです。ミュージシャンがカッコいいというブランディングが、自分たちの生命線だと知りましょう。

ミュージシャンクレジットのデータベースをユーザーを巻き込んで作ろう!

 テクノロジーの活用がこれからの音楽ビジネスで最重要ということは、僕は常日頃から発言し続けていますが、今回のことでも改めて強調したいです。自己申告を含むアナログの日報が著作隣接権分配の元データでよいわけがありません。そういう業種は衰退していくのがデジタル時代です。
 CDからデジタル配信、とくにストリーミングが中心になったことにマイナス面があるとしたら、ミュージシャンクレジットがおろそかになったことだと僕は思っています。音楽文化を尊重するSpotifyは、楽曲クレジットの機能を作りましたが、多くはアーティスト、ソングライター、プロデューサーの3種類しかなく、サポートミュージシャンについては不十分です。MPNがやるべきことは、音制連やCPRAと連携して、ユーザーも巻き込んだオープンソースの形で曲ごとのミュージシャンクレジットデータベースを作成し、メディア化していくことではないでしょうか?
 そのミュージシャンの存在を意識することにも繋がり、まさにブランディングです。隣接権の分配データとしても使うことになれば、正確性が求められますし、権利者団体が予算をかけることも可能になります。MPN会員の若いミュージシャンから提案の声がほしいところです。

 デジタル対応への遅れが課題だったJASRACも若手の理事が作曲家の選挙で選ばれ、主要理事である音楽出版社協会の会長がデジタルに明るいユーズミュージックの稲葉さんになり、委嘱理事としてエンターテック・コンサルタントの鈴木貴歩さんが加わったことで、改革が始まった感じがしています。

音楽の未来に何を残すのか?

 今、音楽に関わる者が考えなければいけないことは、未来に何を残すかだと僕は思っています。デジタル化は音楽ビジネスの構造を根本から変えました。レコーディングは自宅になり、サブスクでの再生回数が音源の売上の基本になり、ヒット曲はユーザーの反応(Tiktokでのユーザーの利用)になりました。ブロックチェーンが社会の基盤技術になり、AIがいたるところで活用されることにより、もっともっと変わっていきます。
 但し、音楽が感動を与えるという本質的な価値は変わっていません。既得権やブラックボックスがなくなることは、音楽家にとっても、音楽ファンに基本的にはとっても良いことしかありません。ただ仕組みが変わる過渡期に混乱はつきものです。その混乱を最小限にするためには、デジタル化への構造的な理解と、関わる人達の信頼関係が重要だと思います。
 今回の騒動も、音楽を愛する人達が未来に何を残すのかという観点で着地点が見えることを心底、期待しています。

MPNの会員ミュージシャンに声を上げてほしい

 繰り返しになりますが、MPNに自らの権利を委ねているミュージシャンたちに、しっかりコミットしてもらいたいです。ここで声を上げなければ、音楽界の改革は始まりません。

 ネットにある情報や当事者である団体からの説明だけだと状況がわからない、もっと詳しく知りたいという音楽家は遠慮なくご連絡ください。僕は元音制連理事なので、完全にニュートラルな立場とは言えないかもしれませんが、今回の騒動には関わっていません。芸団協の理事経験もあり、今は音楽業界を俯瞰してみる立場でもあるので、客観的な情報を提供することはできると思っています。公開討論会とか企画する人がいれば喜んで参加しますよ。


モチベーションあがります(^_-)