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ボランティアラプソディー。

「…テッちゃん。何でそんなの読んでるの?」

「…精神修行。」

私の手には"ハンドブック イモムシ図鑑"

ここはどこかって言うと小学校の図書室。
私は息子が小学校に入ったと同時に、小学校の図書室ボランティアに入った。保護者が中心となって図書委員の補助や図書の整頓や蔵書チェック、イベント企画の準備などの活動をする。

先ほど声を掛けてきたのは、そのボランティア団体のリーダー沢井さん。この様に私が時々、何を考えているのか分からない事をしてても「そう。フフフ。」と流してくれる懐が恐ろしく深く広い尊敬する姉御である。

この日は活動の一環である、昼休みの貸出返却補助の当番。沢井さんと一緒だ。

昼休みより少し早く来て、窓を開け空気を入れ替える。

図書室に籠もった本の匂い。

それも嫌いじゃないが、日焼け防止のための分厚いカーテンを開け、窓を開け放つと図書室が子供達を迎える為にすうっと呼吸をし出した様な、そんな感覚が堪らなく好きだ。
そして、私はまだ子供達が来ない少しの間、気になる本を見つけてはパラパラと見たり、立ち読んだり。

でもなぜ"イモムシ図鑑"なのか。実はこの本は定期的に見るようにしている本だ。

ちょいちょい他の記事で「生き物好き」な感じを披露している私だが実は私は「イモムシ」が苦手。次点で「蝶・蛾」

カマキリなんかのお腹の質感もダメなので、多分あの脆弱なプクプク感がダメなのだろう。
なので少し硬さのあるカブトやクワの幼虫は平気だ。微妙な匙加減である。

蝶やカマキリ、遠目で見るのは良いのです。腹や顔を拡大するとダメだが、庭に蝶なんか飛んで来ると「フフフ。もうそんな季節ね。」なんて思う。
蛾も種類によってはステルス戦闘機みたいなフォルムの奴なんかはかっこいいし、カマキリが私を威嚇して鎌を上げる姿は最高にカワイイ!!
ついそのポーズを絶対に真似してしまう。
絶対にだ。
…半径30センチ内に来られたら絶叫するけど。

でもイモムシはどこか素敵ポイントを見つけようとしても難しい。生理的に苦手だ。保護色で植物に擬態しているヤツもいるが、如何にも「警告してますよボカァ。」と言わんばかりの模様をしているヤツもいる。禍々しい配色もこれまた。

そしてこれは蝶や蛾にも共通しているが、眼を模している柄のヤツが多いというも苦手だ。眼状紋というらしい。私はギョロリとした目玉も苦手。

余談だが普段車に乗ってて前の車が旧式のスカイラインだった日には絶叫ものである。
(テールランプが丸型で目玉の様なのです。)

そんなイモムシくんやチョウさん。
実は絵本一つとってもイモムシやチョウの本って案外多い。虫が好きの子供は多いし、チョウの幼体はイモムシだからこの2つは延長上の生き物っていうのもあるのだろうけれど。

まぁ、絵本は良いのです。可愛いから。
問題は図鑑。特に男子は結構、図鑑好きな子が多い様に思う。うちの子も毒キノコの図鑑だの、危険生物の図鑑だのを懸命に読んでた時代があった。

そして当番中、意外に子供達から言われるのが「一緒に読もう。」
また、イベント企画やなんやで子供達と一緒に読んだり、読み広げたりする機会は案外多い。

ある読み聞かせイベントの時の事。
「なぁ、なぁ!」とある男の子が少しくたびれた図鑑を持ってきた。

"びっくり原寸昆虫図鑑"(仮名ですがこんな感じ)

…おそらく世界最大最小の昆虫が載っているのだろう。こんなの虫好きっ子が見逃すはずがない。
出版社の人が「こりゃあ、子供達食いつくぜ」とほくそ笑んでいる姿が目に浮かぶ。

「これ観て!スゲェ!!」と、開けたページは世界最大級の蛾「ヨナグニサン」のページ。
(*ヨナグニサン、日本では沖縄地方に生息。翅を広げると30cmの個体もいるという。)

ひぃ。

何ピクセルで撮られたのかわからないが鱗粉まで確認できそうなくらいの臨場感だ。
今の図鑑ってすごい。

少年よ。知ってるかい?おばちゃんの子供の時代の図鑑っていい写真が入手できなかったのか知らないがほぼイラストだったんだぜ。

少年は屈託のない笑顔で「ほんでなぁ!僕なぁ!幼虫も調べたねん!」と、イモムシ・ケムシに特化した図鑑をこれまたバーンと私の前に広げた。

…ヨナグニサン、イモムシもでっけぇ…。

アタクシの弱点、ツートップ。
さぶいぼ(トリハダ)全開。気絶しそうになるが、そこは私もいい大人。グッとほっぺの内側を噛み、平静を装い耐える。

普段関西弁寄りの私。
感情を抑えると標準語になりがち。教育番組のお姉さんばりに「ウン、翅の先が何かの生き物に見えるねぇ。なんに見えるかな?」そんな疑問を投げかけると少年は一生懸命に写真と文字を眺め、「あっ!ヘビやろ?!ここに理由が書いてある!」なんて一生懸命文章を読んでくれる。カワイイ。

でも、私はその瞬間も自分の心の奥底の深淵ではさぶいぼ全開で白目をむいて立ち尽くしている。
この子のこんな可愛いアクションが無ければこの闇深い深淵から戻っては来れなかっただろう。

その子は本当に虫が好きらしく、図鑑に沿って自分の好きな虫を教えてくれた。子供が夢中で本を楽しんでいる姿を見るのが好きでボランティアをやっている部分も大きい。

"びっくり原寸昆虫図鑑"を読み終える頃、始業5分前のチャイムが鳴った。少年は「あっ!行かなきゃ!」と図鑑を本棚に戻し教室に帰って行った。

こんな事があり、それから私は今後のこの様な有事に備え、時折こうして特に苦手なイモムシ耐性をつける為に精神修行を重ねているのだ。

身体と精神との葛藤により本は顔からめっちゃ離して見ているが。

「テッちゃん、もう老眼始まってるの?」沢井さんが不思議そうに言う。

「まだ大丈夫なんですけどねえぇ。」苦痛で顔が歪みそうになるのを堪えページをめくる。
そしていつもの様に「そう。フフフ。」と答える沢井さん。貴女は天女様か。

それから何年経っただろうか。
息子はとうに小学校を卒業し、今やすっかり高校生。

そして私はまだ小学校の図書室ボランティアに残っている。近年はパートや他のボランティアなどで参加は減ったが、人が足りない時なんかには相変わらず参加している。

去年、欠員が出て久しぶりに当番に入った事がある。久しぶりの図書室。一緒に活動するのは沢井さん。

分厚いカーテンを開け、窓を開ける。図書室がすうっと呼吸する。

子供達が来るまでの少しの間、本を読む。
手にはやっぱり"ハンドブック イモムシ図鑑"。
そして変わらず顔と本をめっちゃ離して読む。

「テッちゃん、老眼?フフフ。」と、いつかの様に沢井さんが言った。

私は苦痛に歪みそうになる顔を抑えて、今度は
「…それもありますうぅ…。」と答えページをめくった。



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