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【詩】凪があれば

海から内陸部に吹き込んでくる海風が、唐突に止んだ。荒れくるっていた波自身も、じぶんでコントロールできない何かにのみこまれてこれまで無我夢中でからだを揺らして海面をたたいていたが、風がおさまると振動もおさまり、正気を取りもどしたようだった。わたしは長いあいだじっとめをつぶり嵐が通りすぎるのを待った。視覚を遮断することがいちばん大事だ。わたしは暗闇のなかで時間だけをかぞえることに集中する。5秒10秒とかぞえるうちに見なくてよいもの考えなくてよいものが白波に流されてしまい、だいじなものだけが手元に残った。わたしは寒さで硬直したからだをさすり、ふう、と息を吐いた。

風は日々海のうえでうまれて風浪になる。はんたい方向の波同士がぶつかり海面がでこぼこになる。波が振動をリレーしてうねりがうまれ、時間をかけてわたしの生に干渉する。
凪があれば。わたしの胸に平穏があれば。だれかの言葉に過剰反応して勝手に傷つき嵐を呼んでいる。わざとじぶん一人を孤島において、他人が近づくことをこばみ期待したら裏切られるのがこわいから鍵をかけて閉じこもる。それでもだれかにわかってほしいと夜にこっそり祈っている。時にわたしはじぶんのからだを海に放り出してしまう。矛盾、させている。引き裂かれることを、受け負ってしまっている。波が生まれるのは、わたしが波を波として認識するからだ。わざと分裂させて戦わせて増幅させるからだ。わたしが波を、つくっている。

カメラの視点がパノラマに切りかわる。くもり空の合間から青い光をつかまえる。小さな島のうえで、わたしは背伸びする。できるだけ澄みわたる空と、凪いでいる水面をイメージする。わたしは雲を呼ぶこともできる。雨を降らせることもできる。はんたいに、晴れ間を願うこともできる。じぶんを救うこともできる。だれかのこころを温めることもできる。波もうねりも絶えない。でも、わたしの世界の天気だけは、つくり変えられる。





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