オヘア空港のスタバでカナと
コロナの予防注射が、やっと誰にも行き渡る、この初夏。私は、シカゴのオヘア空港で、日本行きの便を待つ。母が住むまちに戻るために。あれほど出て行きたかった所なのに、帰れないと思うと、息苦しくまで感じた一年。
目に入ったスタバの列に並ぶ。抹茶ラテを受け取って、近くのゲートの待合に腰をかける。
すみません。
日本語が聞こえる。
あきやまさん、ですよね。
私が引っ張っているスーツケースの、名札でも見えたのか。 怪訝そうなわたしに、若い女性が会釈しながら言う。
いえ、わたし、知ってるんです。あきやまさんを。この間スタバで、あんこぼーろさんにもお会いしたんです。それで、機会があれば、会うだろうって言われて。あきやまさんって、すぐわかりました。
言葉が出ないわたしに、若い女は、屈託のない笑顔を見せる。
あ、わたし、佐伯カナです。広島の。あのリレー小説で、造船会社に勤めさせてもらった。彼にも会わせてもらって。
そうだ。この人は、10月に参加したリレー小説の中で、私が創ったひとだ。主人公の一人、武本シュウの勤務先の先輩社員として。人のいい笑みをうかべたまま、彼女は話す。
仕事も、思いがけず、東京支社に送られて。私、大学で地元が出られなかったんで、もう、このままずっと広島なのかなあ、とか思ってたんです。それでも、まあ広島って、中四国の中じゃあ、そこそこ都会で便利だし。親もそうしてほしがってたし。それに、カープもあるし、有名人もけっこう出てる所だし、まあ、ただの地方じゃないし、と。
そりゃそうだ、と私はうなずく。綾瀬はるかや永ちゃん、Perfume に吉川晃司、有吉、エンタメで一目おかれる人は、ほかの中四国より多い気がする。世界遺産もあるし。世界中で知られる地名。
それに、みんなが、こぞって、東へ東へっていうのがなんか。私、自分がしたいことでも、人にああしろこうしろって、言われるのいやなんです。そういうところ、あきやまさん、すごくよくわかってくれてましたよね。
カナは、あの、後輩のシュウに、付き合っている人のことを聞かれた時にたてたような、あっけらかんとした笑い声をたてる。
あきやまさんも、中国地方なんですよ、ね。やっぱり、だから、私の話す方言がすごく自然だと思った。
それは、リレー小説で、私の前を走った、あんこぼーろさんが設定してくれてたから。シュウは広島の造船会社に内定、って。でなかったら、私は、ぎこちない、その地方の人が失笑するような会話しか書けなかったはずだ。または、全部、標準語でしていたと思う。
英語とか外国語だったら、ネイティブなみ、っていうんでしょうか。でも、私、よその地方出身の人と話すときは、ずっと普通に標準語なんですよ。そうか、おんなじところの言葉じゃから、こんなふうに話してもいいですよね。伝わるし、笑われませんよね、あきやまさんだったら。
そこからカナは、広島弁になった。年上の見ず知らずの相手への、ていねいさは残しながら、同じような言葉を話す私には、親しみにしか感じられない柔らかい言葉が、ポンポン出てくる。
シュウが、ほんとに生粋の東京育ちなんで、ちょっと、一緒にいるときに、いや〜、この人、ちょっと気色悪い話し方するわぁ、とか思う時があるんです。そうそう、吉本の、やすよともことかが、しゃべり倒しそうな。うんうん、東京の人!「どうして、そんなこと言うの」とか。「笑っちゃうよ」とか。言葉だけでも、ときどき、ツッコミたくなります、私。言葉かなあ、もしかしたら、いちばん違いを感じてるの。あと、笑いのツボ。微妙に違います、彼とわたし。わたしも、別に関西人じゃないし、こてこての大阪文化も知らんし、あんな外国人みたいな、直接ものがバンバン言えるところは、ぜんっぜんないんですけど。
西の言葉で喋られると、それも、似たような方言だと、自分もつられる。
あ、それ、わかる。「おねえちゃん、10円足りんで!」とか、大きい声で言える関西弁の人とか、新幹線で見たことあるけど、あれはないわあ、うちの地元の人はできんわぁ。
広島も。ま、人にもよりますけどね。控えめでおとなしい大阪の人もいるとは思いますけど。
うんうん、それはそう。
で、広島で、新喜劇って、なじみがあるじゃないですか。土曜日に放映されてて、小学生の時いつも見てたし。わたしには、西の笑いのほうが、やっぱりめちゃめちゃおもしろい。落語も、上方言葉のほうが、味を感じません?あ、だめじゃわ、私。東京にいっしょに住むんなら、シュウとは折り合いつかんような気がしてきた。相手のテリトリーに、私が行くみたいで。
早口ではないが、よくしゃべるな、この人。カナは、私を見る。
やすこさん、でも、結婚、、、されてるんですよね。お子さんもいて。現地の人と?たいへんじゃないです?
それ、地元出身の相手と、よそものの自分、ゆうこと?私が相手のホームで、自分だけアウェイ?
はい。
それなぁ、そうでもないんよ。合衆国と言うだけあって、国が広いんで。連れ合いは、現地人じゃけど、西海岸の出身なん。でも、出会ったのも、いっしょに住んだのも、全部、中西部。連れ合いにとっても、外国みたいなところ。どっちにもアウェイ。かえって、中国地方で育った、日本人の私の方が、共感してしまうような土地柄。人が、な。アメリカじゃけど、日本人みたいな感じ。目を合わせるのが得意そうじゃない人も多いし、物事を波だてるのを、避けようとしたり。日本人じゃが、この人らは、と思うた、気がついた時。連れ合いとの暮らしは、私には、たとえば、日本でも言葉や文化が全然違う人と知り合って、いっしょに、二人になじみのない県に住んでる、みたいなのに近い気がするん。標準語話しながら。
ふうん。でも、外国住んどって、ええなあ。英語も話せて。
外国に住んでいると言うと、あいさつみたいに言われることを、カナも口にする。
それは、ないない。佐伯さんのほうがよっぽどかっこええわ。アメリカは、ニューヨークとかLAとか抜いたら、九割がた田舎じゃが。それに、外国語言うて、英語じゃし、バイリンガルの人なんか、いくらでもおるが。それに、何年も住んどって、話せんほうがおかしかろう。私、東京の方が緊張する。東京で話すのも。日本語なんじゃけど。
はあ。
私なあ、出たかったん。地元にやこう、おりとうなかったん。どこでもええけえ、あ、都会だけな、出たかったんは。大学行く時。東京は遠いし、親が全力で反対したけど、大阪くらいなら。広島?考えんかった。西は、なし。ごめん。そんな考え方してるから、どっこも出られんかったんよ。今から思うたら、たとえば、福岡でもよかったのに。それこそ、どこでも。
そうですか。
カナがうなずく。そこで、二人とも口を閉じる。カナは、スマホをちらっと見る。
あ、そろそろ行かんと。
彼女は、スタバの紙コップを左手に持ち直し、右手を差し出してくる。人の手に触れてあいさつをかわすのは、まだ新鮮だ。こんなに自然に振るまえる彼女も。手を握りながら、あいさつする。
もしかしたら、新幹線とかで、また会うのかも。
そうかもな。また、その時に。
カナが後ろ姿になる。フライトの時間とゲートを確認する。顔をあげると、彼女はもう見えない。日本にこれから帰るのか。乗り継ぎで、どこかに行くところなのか。そして、私はいったい、ほんとうにカナと話したのか。
紙コップをゴミ箱に投げこむ。持ち込み用のスーツケースを転がしながら、私は、自分の行く先はどこか、探しはじめる。
💼 💼 💼
刺激された記事です。
いっしょにリレー小説を書き、シュウのほとんどを動かし、ここに出てくるカナの、半分以上の育成環境を担ってくれた人の。そして、カナが、わたしのところにも出るであろうと予言した人。この記事は、負けず、ででなく、お礼。ぺこり。
そして、これが何もかもの始まり。
しめじさん、企画も、励ましも、お礼までも、ありがとう。まだ、続いてますよ、心の中で。みんなと、ぺこり。
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