富士登山
富士山に特別な思い入れを持つ人は多い。母もそうだ。山開きだの初雪だので、富士山がテレビに映ると、過剰に反応する。
富士には、家族で登ったことがある。
子どもの頃、毎年2回家族旅行をした。でも、泊りがけの家族旅行は、兄が中2の時で、しまいになった。中学生の兄は、口数が少なくなっていたが、それが理由ではない。受験があったからだ。
富士登山が最後の宿泊旅行だった。
父はそのために車を買い換えた。五合目から登山できる、静岡県の吉田ルートに行った。八合目で簡易宿に泊まり、未明から登頂をめざした。
頂上で見るご来光。
思うだけで、気持ちが弥立つようで、すぐに目が覚めた。
煌めきが増す光を仰いだのは、山頂に着く前だった。その時の私たち一人一人を、父が写真におさめていた。
淡い橙色の光で照らされる私と兄。若く美しい母。切り取られた時間の中の私たち。
富士を大仰に喜ぶ母のせいか。私も、知らず、感慨にふけっている。