
落ちこぼれの私が自分を好きになれた原点
18歳の頃。大学に入って将来は先生になりたいとのたまっていたくせに子どもが苦手だった。教育実習に行く前になんとか克服したいと思い、近所のスイミングスクールの求人を見て問い合せた。すぐに採用して貰うことができ、フロントで受付業務や電話応対、事務作業などをしていた。初めてのアルバイトだった。
働いてみて分かったことだが、私は大人も苦手だった。大人を前にすると、どう思われるのかが死ぬほど怖くて、何を喋っていいのかわからない。合間の時間に雑談ができないのだ。喋ろうとすると身体がこわばって手が震えて、のどが詰まるような感覚になる。
そんなことは外から見ればわからない。言葉が出ない分、行動には現れていたようで、私はいつもウロウロしていた。職場の人には挙動不審の女子大生に映っていたことだろう。上手く喋れなくて社員さんをイライラさせたり、不思議そうな視線を向けられたこともある。
とうの仕事はといえば、失敗したことの方がよく頭に残っている。水泳キャップを不注意で違う値段で売ってしまったこと、料金形態の変更があったことを知らずに案内してしまい、会員さんをひどく怒らせたこともあった。私には人を不快にさせる才能しかないんだと泣きながら帰ったこともあった。
苦手なことばかりの環境に慣れるのに1年かかった。自分にしては早い方だったと思う。慣れることができたのは、一緒に働いていた人たちが本当に親切にしてくれたからだ。閉店までシフトが入った時は親子丼を作ってくれたり、野菜をわけてくれたり、出かけてきたのとお土産をくれたりした。
仕事は丁寧に教えてくれたし、失敗もフォローしてもらった。仕事を覚えるのがはやい、などとほめてくれたりもした。挙動不審でそそっかしくて自信なくモゴモゴ喋る私を面白い、と言ってくれた。会話が弾まなくても気にせず、いつも話しかけてくれた。本当に恵まれていたと思う。
ある土曜日、レッスンが始まってしばらくしてから、お父さんに連れられて女の子がやってきた。平日と土曜日ではレッスンの開始時間が30分違う。時間を間違えてしまったようだった。泣きわめく小さな娘と我々スタッフを交互に見て申し訳なさそうにしているお父さん。
よくある事だ。お父さんは眼中になく、女の子の方に同情していた。泣いちゃう気持ち、わかるなあ。途中から入るのって、嫌だよね。
珍しく自然と体が動いて言葉が出た。
びっくりしちゃったね。でもちょっとだけ頑張ったら、すぐ遊び時間だよ。ラッキーじゃん。
そう言って女の子の手を引いてプールサイドのスタッフに引き渡した。女の子の顔はしかめっ面のままだったが、行きたくないと駄々をこねることも無くスっと皆に馴染んでいった。もうどの子が泣いていたのか分からなかった。
フロントに帰ると、パートさんからこう言われた。
「あなたって、いい先生になると思う。」
そんなことを大人から言われたのは生まれて初めてだった。褒められ慣れていない私は嬉しいよりも先に驚いてしまった。どうしていいのかわからなかった私はその言葉をきちんと受け取れず、そそくさと仕事に戻った。
その日の夜、言われた言葉とその時のパートさんの表情を思い出した。初めて、私自身が認められたような気がした。
大学院に行くためにもっと勉強したい、他のアルバイトも経験してみたい、と思って、3年生になる前に辞めた。
最後の出勤日、ロッカーには私がパフェを幸せそうに頬張る写真とメッセージカード、ディズニーで買ってきたというミニーちゃんのかわいいお菓子、応援してるからね、頑張ってね、という温かい言葉を貰った。
その人達は私以外の学生アルバイトのことも、いつも感心して褒めていた。人の不得手なところはその人らしいと笑い飛ばし、そんなことより素敵な所を見つけるのが上手な人たちだった。
私が大学を卒業する前に食事に行った時にも、あの時の私の振る舞いを振り返って「寄り添う感じだったよね」と改めて私に伝えてくれた。
今でもたまに連絡を取り合い、集まって近況を報告したり当時のことを振り返ったりしながら食事をすることがある。その時食べたものが、タイトルの所にある写真だ。
あの時の言葉は、5年ほど経った今でも私の励みになっている。
私は今、言葉を使う仕事をしている。自分は、大勢の人を相手にするのは向いていない。一人の人とじっくり向き合う方が向いていると思って、今の仕事を選んだ。
出会う人全ての力になる技量は私にはない。でも、あの時のパートさんと同じように感じてくれる人はいるのかもしれない。そういう人にいつ出会ってもいいように、誠意だけは忘れずに持っていたい。
働き始めた今も、苦手なことは苦手なままだし、上手くいかないことの方が多い。でも、私は大丈夫だ。自分のことを認めることができる。
この言葉は、その時だけじゃなくて、何年たっても私を救ってくれている。これから先も何度だって思い出すんだろうな。何気なく言ったのかもしれないが、私にとっては一生ものだ。