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それは、ある時には人間を天上へと導き、ある時には地獄へと誘った。 それは、慈愛に満ちそして冷酷であった。 その行いを人間の尺度で計ることはできなかった。 人はそれを崇め、そして畏怖した。 それは「天使」といわれた。 その表情からは何も読み取ることはできない。
彼はその生涯を彼の書いた物語の中だけで生きた。 彼は本を書くこと以外何もしなかった。 職に就くことも、結婚して子供を持つこともなかった。 彼は自分の書いた本以外何も持っていなかった。 彼はその生涯を自分で書いた物語の中で生きた。
彼には愛する人がいた。 しかし彼は生涯そのことを口にすることはなかった。 彼の愛したその人もまた、彼に愛されていることを知りながら、 生涯そのことを口にすることはなかった。 二人の間には時折交わされる視線と深い沈黙だけがあった。 彼は最後迄、彼女の「執事」で在り続けた。