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人材育成/組織開発に携わることになった方へのブックガイド

社外の人事の方と会ったときに、こんな声を聞くことが少なくありません。

「実は、急に人事に異動になったんです…」

「人事はやってたんですけど、人材育成は初めてなんです…」

「年明けから育成担当になったんですけど、4月から新人研修始まるので何からやったらいいですか…」

おそらく、会社主導のジョブローテーションによる「交通事故」なのだと思いますが、その是非はいったんここでは置いておきましょう。とにかく、急なことで、かつ、異動の意図がはっきりしないことにより、ご本人は戸惑っています。

一方、あらたに人材育成に関わることになった点は共通してますが、経緯の異なるこんな方もいます。

「現場でやってきてたんですけど、育成に関わりたくて、やっと異動希望が通りました!」

こちらは「宝くじ」が当たったとでも言えるでしょうか。とにもかくにも、喜ばしいことです。

置かれた立場は違えど、こういった方々から「何を勉強したらいいですか?」と尋ねられることは多々あります。

今回は、そういったときに私がよく紹介する書籍/雑誌を挙げてみようと思います。ちなみに、どれも即効性のある内容ではありません。なので、「年明けから育成担当になったんですけど、4月から新人研修始まるので何からやったらいいですか…」については直接の回答にはならないことを先に断っておきます。


「人材育成」の前に、まずは「人事」の全体像を

「現場でやってきてたんですけど、人材育成に関わりたくて、やっと異動希望が通りました!」という方は前向きに、「実は、急に人事に異動になったんです…」「人事はやってたんですけど、人材育成は初めてなんです…」という方は若干後ろ向きに、育成に関わることになったのではないかと推察します。

どちらの方にも共通して、最初にお伝えしているのは、人材育成を「単体」で捉えないでほしいということです。育成よりもひとつ大きな枠組みである「人事」の全体像を知り、その中に人材育成を布置してほしいなと思っています。

このメッセージはどちらかというと、「現場でやってきてたんですけど、人材育成に関わりたくて、やっと異動希望が通りました!」の宝くじタイプの方にこそより強く伝えています。待ち望んでいたからこそ、悪い意味での自分の興味関心本位、近視眼的になりがちだからです。

ということで、人事の全体像を知るためにおすすめしているのがこの2つです。

『リクルートワークス研究所 機関誌 Works』

まずは、リクルート系のシンクタンクであるリクルートワークス研究所の機関誌『Works』です。

人事に限らず、ある専門分野について知ろうと思ったら、その分野の専門雑誌を一年間通して読んでみるのは良い方法だと思っています。ネタの好き嫌いをせずに、まんべんなく目を通してるうちに、その分野の「大きな流れ」みたいなものが見えてきます。

その点で本誌は、全文のPDFが無料(!)という敷居の低さもあいまって、まずは最初におすすめしているものになります。

『図解 人材マネジメント入門』

もう一冊はこちら。「採用」「育成」「評価」といった人事機能がどう連携しあって、会社という組織にどういう影響を与えているのか、という全体像を理解するのに最適な一冊です。

宝くじが当たった方はもちろんのこと、「人事はやってたんですけど、人材育成は初めてなんです…」という人事出身の方であっても、「それぞれの人事機能が連携することで、会社という組織に影響を与えている」という感覚が薄い方は少なくありません。

私が「人事」という言葉の意味を説明するときによく使わせてもらっている言い方があります。それが、「究極的には、会社に『人事部』は必要ない。本当に必要なのは『人事機能』だ」というものがあります。現場の方はもちろん、人事担当者の方であっても、この言い方に目から鱗を落とす方は多いです。このことから、「人事」という言葉を、「人事部(内の各チーム)が行っている日々の業務」と矮小化して捉えていることが伺えます。それは違うよ、ということをわかりやすく教えてくれる一冊です。

「人材育成」の前に、まずは「人事」の全体像を知るための2つを紹介しました。本来は、「人事」の外側である「経営」「社会」の全体像までを知るのが筋なのですが、話が広がりすぎてしまうため、今回は割愛します。

「全体像」だけだと息切れしてしまうので、面白い「個別」もどうぞ

「なにから勉強したらいいですか?」と素朴に聞いてくれた方に対して、のっけから先ほどの『Works』と『図解 人材マネジメント入門』の2つを紹介すると、「え」という戸惑った反応が返ってくることがあります。それも無理のないことかなと思います。全体像は大切なことだけど、ちょっとまだ手触り感がなさすぎますよね。

ということで、まずはこの仕事にワクワクしてほしいので、面白く読める「個別」を扱った2冊を紹介しています。人材育成で1冊、組織開発で1冊です。

『企業内人材育成入門』

本書が扱う問題意識は、「はじめに」に端的に表現されています。

心理学や教育学の理論など知らずとも、一般に、教育や学習に関しては、誰もが「雄弁」である。

「そんな教え方じゃダメダメ、こうやらなきゃ!」
「よい教師ってのは、そもそもそういうものじゃないよ」
「仕事ってのは、そうやって覚えるものじゃないでしょ!」

現在の日本に被教育経験を持たない人はほぼ存在しないといってよい。誰もが「教育を受けた経験」をもっている。そうであるがゆえに、その経験に照らして、自分なりに「教育」を自由に語ることができる。教育や学習を語る言説空間は万人に開かれており、誰もが「私の教育論」をつくり出せる。

特に、成功した経営者の「教育論」は、広く巷間に流布している。ロマンティシズムと、幾ばくかのノスタルジーをともなう成功者の物語は、人々を魅了してやまない。 それは、自社の教育に携わるビジネスパーソンを勇気づける。

しかし、「私の教育論」は、ともすれば弊害をもたらすことも多い。

企業内の教育を統御する立場の人間が、「ある一人の人間の被教育経験」という、第三者から批判を受けにくい限定的な一事例を根拠に、企業全体の教育システムを改善しようとするとき、その弊害は前景化する。

〈私〉にとってうまくいった教育方法でも、〈彼〉にとってうまくいくわけではない。〈私〉にとっての 「教師」は、〈彼〉にとってもよい教師であるわけではない。「ここ」で通用したものが、「あちら」では通用しない。かくして「私の教育論」を基調とした企業内の教育の営みは、亀裂が走りやすい。

「私の教育論」を脱して、人材育成という営みを体系として捉える上で格好の一冊です。と同時に、本書は、ひとりの人材育成担当者が、実際にその営みを進める中でぶつかる壁をストーリー形式で紹介していくので、「面白く」読めるという点でも秀逸です。

第1章は「学習のメカニズム」から始まります。人材育成をもっともミクロに捉えると、「人はどのように学ぶのか」という学習論/教育心理学に突き当たります。「私の教育論」を脱するために、まずはそこから話が始まっています。

それが最後はどこまで広がるかと言うと、終章である第8章が「企業教育の政治力学~人材教育は本当に必要か~」となっています。ここに、本書のタイトルに「企業内」という文言が含まれている所以があると思っています。企業内人材育成をマクロに捉えるとここに行き着くのは、経験者であれば共感できるところが大きいのではないでしょうか。

育成という営み(人事機能)は基本的に「やったほうが良いこと」だらけです。他の人事機能、たとえば給与計算と比べたときに、その特徴が際立ちます。給与計算は「やらなければいけないこと」です。

この違いがどういう形で人材育成担当者に影響するかと言うと、「なぜ、いま、それをやらなければいけないのか?」という経営や現場からの問いに答える必要があるということです。給与計算という人事機能に対してこの問いを投げる人はいないと思います。宝くじの方に欠けがちな、このヒリヒリ感をちゃんと提示してくれるというところが、本書をおすすめする最大の理由かもしれません。

『いちばんやさしい「組織開発」のはじめ方』

組織開発についてのもう一冊がこちらです。

人材育成については、先ほどの『企業内人材育成入門』が長らく私の中での鉄板でした。一方で、組織開発については、自信を持っておすすめできる「最初の一冊」が見つけられずにいました。やっと出会えたのがこちらです。

組織開発という営みは、とかく実態のつかみにくいものだと思っています。その概念と、そして、実践のイメージが沸かないところが一端ではないかと感じています。

一方で、なぜか人を惹きつけ、意図せず「お花畑感」を醸し出してしまう言葉でもあります。何をイメージしてそう言っているのかわかりかねるのですが、「組織開発をやりたいんです!」という方に会うことが増えたような気がします。

この本は、そんな掴みどころのない組織開発という営みについて、「イメージ」を持ってもらうのに格好の一冊だと思っています。様々な組織における事例をベースに話が進むことで、「実践のイメージ」を持ちやすい構成になっています。類書が組織開発の「概念」を説明しようとすることによって、かえって未経験者には難しく映ってしまうのとは対照的です。

また、本書は組織開発について、「構造化された組織開発」「構造化されていない組織開発」という対比を導入しています。「組織開発をやりたいんです!」という方が無意識にイメージしているのは前者だと私は感じています。でも実践としては、後者の方が本質的だとも感じています。前者は、あくまでも後者を効果性を高めるために「差し込む」ものだと捉えています。「構造化された組織開発」「構造化されていない組織開発」がそれぞれ何を意味していて、互いにどう関係しているのかについては、ぜひ実際に本書を手にとってみてほしいと思います。

個別は個別のまま実行されるのではなく、実際は「なんでもあり」

説明のわかりやすさのために、人材育成と組織開発に分けて紹介してきましたが、実際の実践としては、その区別に意味はありません。むしろ「こちら側が抱く概念」による線引きが、経営や現場からすると異物に映ることの方が多いとすら感じます。実践の実態は、「なんでもあり」です。

この「なんでもあり」感、もうちょっとかっこよく言い直すと、「包括的な取り組み」の様子を説明してくれてるのが、次の2冊です。

『人材開発・組織開発コンサルティング 人と組織の「課題解決」入門』

「なんでもあり」は得てして「複雑」「混沌」「難解」になりがちですが、大学院での講義録が下敷きになっていることから、未経験者であっても挫折せずに読み進めることができるのは、本書の素晴らしいところだと思います。400ページ以上の大著ではあるので、手に取ったときには(その分厚さにも)怯んでしまうかもしれませんが、大丈夫、ちゃんと最後までたどり着けるはずです。

『HPIの基本 ~業績向上に貢献する人材開発のためのヒューマン・パフォーマンス・インプルーブメント~』

『人材開発・組織開発コンサルティング』に比べると、難しさを感じてしまうことは否めませんが、それでもやはり外せないなと感じてるのがこちらの一冊です。

人材育成や組織開発とは違って、HPI(Human Performance Improvement ヒューマン・パフォーマンス・インプルーブメント)という耳慣れない言葉がタイトルに冠されています。(その証拠に、「組織開発をやりたいんです!」な方にはよく出会いますが、「HPIをやりたいんです!」という方にはお会いしたことがありません)

HPIの中身の説明は本書に譲るのですが、私が感じているHPIの意義は、人材育成や組織開発に携わる方に、「目的志向」を徹底させてくれるところです。

人材育成や組織開発に限った話ではないのかもしれませんが、勉強すればするほど、その分野の詳細や手法に詳しくなるがゆえに、どうしても「それをやる」ことが目的化しがちです。でも、それは違うよ、ということを突きつけてくれるのが、HPIです。

個別はあくまでも全体の目的のための手段であり、かつ、個別は実際には「組み合わせ」として実践される。当たり前のはずなのだけど、実践のなかでつい忘れがちになるこの原則を、HPIは思い出させてくれます。

「なんでもあり」だからこそ、立ち返るべきは自らの「人間観」「仕事観」

何度も繰り返しているとおり、人材育成や組織開発の実践というのは「なんでもあり」(目的志向の包括的取り組み)です。単一の手続きをそのまま適用するのとは異質の複雑さがそこにはあります。だからこそ、ひとりの人材育成担当者は、その複雑さの中で立ち往生してしまうことがあります。(私もその一人です)

そんなとき、最後の拠り所になるのは、「外側の知識」ではなく、「内側の信念」です。ここまで紹介してきたのは「判断」の材料になる本です。でも、実践の只中で最後に必要になるのは、「決断」です。

「判断と決断」は、「決める」という行為には実は2種類あることを教えてくれる。

・判断とは合理でもって「決める」
・決断とは勇気でもって「決める」

同じ「決める」であっても、目に浮かぶ景色はだいぶ違うのではないだろうか。

「決断」するための材料が、自分自身の「人間観」「仕事観」だと思っています。人材育成担当者である前にひとりの「人間」として、あるいは、「働く人」として、「私」はどう感じ、そして、どうありたいのか。この問いに向き合わずにいると、「人事」は「人(ひと)事(ごと)」に堕してしまいます。

人事は本来、「間に関わる柄」を扱うという、人間中心の価値観に根ざした仕事であるはずです。一方で、人事が迷い込みがちな隘路というのが、「他柄」すなわち「ひとごと」としての仕事に成り下がってしまうこと。あるいは、経営や現場という、顧客であるはずの周囲の人たちの目にそのように映ってしまうことです。

人事を真に「人間に関わる事柄」として取り組むために、「人間観」「仕事観」を研ぎ澄ませることに早い段階から向き合ってほしいなと思います。

『完訳 7つの習慣 人格主義の回復』

人間観や仕事観というのは、知識ではなく価値観なので、自分にしっくりくるものを選ぶことが一番大切だと思います。正解ではなくて、しっくり。

そのため、いろいろ手を出して、自分にあったものを見つけてほしいのですが、もし最初の一歩を迷うようであれば、人間観を育むうえでの羅針盤としておすすめしているのがこちらです。

内容については説明不要だと思います。実際に読んだことはなくても、タイトルは目にしたことがあるだろうし、「重要緊急マトリクス」という時間管理のテクニックを聞いたことがある方も多いでしょう。

私もそんな一人でした。読まずして読んだ気になっていました。ところが、実際に読んでみると、人間観がひっくり返るような衝撃でした。それに引っ張られて仕事観が書き換わり、この仕事の全体像や個別の見え方も変わってきました。

余談ですが、「重要緊急マトリクス」は浅薄な「テクニック」などではない、ということも痛感しました。有名税として仕方ないのかもしれませんが、「重要緊急マトリクス」がテクニックとして表層的に流布しているのは弊害も大きなと感じたものです。

内容は極めて骨太で、かつ500ページ以上にわたるので、手を出すのも躊躇するし、読み始めても途中で挫折する可能性も大だと思います。私もそんな一人でした。私は幸運にも、社内の読書会でこの本を取り上げたおかげで、なんとか読み切れました。一人で進むにはいくぶん険しい道のりですので、仲間を誘ってみるのがおすすめです。他者の人間観に触れることは、自らのそれを磨くことにつながっています。

『仕事は楽しいかね?』

「人材育成に携わることになった人に向けて」に限らず、広く一般にキャリア相談を受けたときに紹介するのがこの本です。仕事観を育む一冊目としてどうぞ。

こちらも『7つの習慣』と同じく、内容について私がかいつまんで説明することは野暮だと思うので、ぜひ実際に手にとってみてほしいと思います。こちらは柔らかいお話し調なので、苦も無く読み切れると思います。

この本の特徴は、なんと言ってもそのタイトルではないでしょうか。

「仕事は楽しいかね?」

働いている人であれば、このシンプル極まりない問いに、いろいろな思いが胸を去来するのではないでしょうか。でも安心してください。この本は、胸をえぐることによってではなく、暖かく寄り添うことによって、仕事観をアップデートしてくれます。

読み終わったあとに、もう一度同じ問いを自分に投げかけてみてほしいなと思います。読む前に比べて、「仕事は楽しい」と思えるような仕事観にアップデートされていることを感じられるのではと期待しています。


その理由は交通事故だったり宝くじだったりと様々だと思いますが、何はともあれ人材育成や組織開発に携わることになった方に向けて、7冊と1誌を紹介してきました。

冒頭でも書いたとおり、即効性のあるものではありません。「これを読んだからできるようになる」わけではないけど、でも、どれも「知らないとまずい」ものだと思っています。

いや、「知らないとまずい」では、「仕事は楽しいかね?」に前向きに答えられませんよね。こう言い直したいと思います。

「知っていた方が楽しい」

人材育成や組織開発を仕事にすることは、その営みによって相手側に効果が表れることはもちろん、ご自身がひとりの「人間」あるいは「働く人」として、今までとは違う景色を見られるチャンスだと思います。ぜひ楽しんでほしいなと思います。

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