PK戦の練習をすべきか否か!? ~研修転移というフィルターで眺めると~
クロアチア戦でのPK負けをきっかけに、PK戦に特化した準備をすべきかどうかという話が出ている。
PK戦に特化した準備には2種類ある。1つは、PK戦に特化した練習をするというもの。上記の記事はこれに当たる。もう1つの準備が、実際のPK戦の数を増やす、いわゆる場数を増やすというもの。
Jリーグの野々村芳和チェアマンのこちらの動画は場数を増やす議論にあたる。
チェアマンの発言は、《場数を増やす》ことから始まり、次第に《PK戦に特化した練習》に移っていく。
発言の背景を少し補足しておく。
チェアマンを長に据えるJリーグ(という組織)は、大きく2つの大会を主催している。ひとつが、J1、J2、J3と呼ばれる、(リーグ戦としての)Jリーグ。そしてもう一つが、ここで取り上げられているルヴァンカップという大会。
クロアチア戦をきっかけに起きているPK戦の議論とは別の観点から、(組織としての)Jリーグはルヴァンカップの大会方式を2024年から変更することを発表している。
チェアマンの冒頭の発言の
はこの2024年からの大会方式変更のことを指している。話を本線に戻そう。
チェアマンは〈PK戦に特化した練習〉ついて懐疑的だ。
特にPK戦のように、センセーショナルかつ、敗因が目で見てわかりやすい負け方をしたときは、「(その負けた場面を)もっと練習しろ!」という声が出てくる。
だけど、その〈特化した練習〉というのが、試合での勝利という本来の目的に本当につながっているのか、という議論は忘れてはいけない。練習と試合の合理的な接続についての議論が抜け落ちると、それはただの精神論/根性論に成り下がるから。
ことPK戦については、〈練習と試合の合理的な接続〉が難しいということが、現役のゴールキーパーである北海道コンサドーレ札幌の松原修平選手も書いている。
この〈練習と試合の合理的な接続〉というのは、人材育成における研修転移の考え方に他ならない。
野々村チェアマンと松原選手が、もちろん研修転移という言葉は知らないであろうにもかかわらず、同じ研修転移の観点で考えているのが興味深いなと思ったのだ。
研修転移という考え方は、今回の議論に次のような問いを投げかける。
今回のPK戦に関する議論において、研修転移の考えがなぜ重要なのか。
研修転移には、近転移/遠転移と呼ばれる概念がある。
野々村チェアマンと松原選手の発言に共通しているのは、〈PK戦に特化した練習〉というのは遠転移であり、研修転移が起こりにくい、すなわち、本番のPK戦には、思っているほど役立たないのではないか、ということだ。
研修転移という考え方を知ると、〈PK戦に特化した練習〉をするべきか否か、という二項対立を抜け出すことができる。ゼロサムの二項対立から、グラデーションのある建設的な議論へ。ワールドカップの決勝トーナメントのような本番にとって、どういう〈PK戦に特化した練習〉が効果的なのか、言い換えると、より近転移にするにはどうしたらいいのだろう、という議論をすることができる。
物事の発展に寄与するのは、ゼロサムの二項対立ではなく、グラデーションのある議論だと考えている私は、今回のPK戦に関する議論を研修転移というフィルターを通して眺められたことで、サッカーをより楽しむことができるなと思い嬉しくなった。
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以下、関連する過去の記事たち。
スポーツにおける練習と試合というメタファーは、ビジネスパーソンの学びに様々な示唆を与えてくれます。
研修転移は、研修の中身(内部設計)の問題であるのはもちろん、研修と現場の接続(外部設計)の問題でもあります。
人材育成に関する議論が《ただの精神論/根性論》に堕しないためには、今回のように研修転移について知ることに加え、精神論/根性論についてちゃんと考えてみることも必要です。