愛に乱暴
静かなる日常の崩壊と再生
本作は、日常の中で徐々に崩壊していく夫婦の関係を静かに、しかし圧倒的なリアリティで描いたドラマです。物語の中心にいるのは、夫・真守と妻・桃子。彼らは「離れ」で暮らしており、近くに真守の母親が一人で住んでいるという、閉ざされた家庭環境が舞台です。
物語は、桃子が夫の浮気に気づき、さらに驚くべきことにその浮気相手との間に子どもができたことで展開が一気に加速します。この時点で観客は、桃子が何気なくスマホで見ていたSNSのアカウントを浮気相手のものだと思い込むのですが、実はそれが彼女自身の過去ログであったというどんでん返しが待っています。この衝撃的な展開により、観る者は過去と現在が交錯する不安定な感情に引き込まれます。
一方で、物語は決して過激な方向に流れることはありません。チェーンソーで床板や柱を切るシーンが象徴的ですが、暴力的な解決や派手なアクションに頼ることなく、淡々としたトーンの中で進んでいきます。これはまさに、日常の中に潜む不条理や無力感を象徴していると言えるでしょう。
最後のシーンでは、桃子が発する「ありがとうと言ってくれてありがとう」というセリフが印象的です。この言葉に込められた感情は、感謝と皮肉、あるいは諦念と再生の間で揺れる人間の複雑な心情を如実に表しています。結末は静かでありながら、観客に深い余韻を残します。