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公私にわたって葛藤あり!そんななかでもたしかにあるのは、確固としたスキルと、かわいい息子【ゆかりさんのお話】


この記事は、個人取材サービスでつくった原稿です。ゆかりさん(仮)の人生との向き合い方、取材を受けること、原稿を作られることに対する真摯な姿勢は、私の栄養となり、芯の補強にもなりました。それは私にとって、文学のよう。読み返してますます、そう感じています。


時短勤務の期間が終わり、残業は必須。
育児を担うなら正社員をやめるしかない⁉


ゆかりさんは、20年近く印刷物のデザインをしつづけている大ベテラン。新卒で今の会社に入った、まさに生え抜きです。
けれど実は、好きな社風ではないのだそう。
「体質が古くて定時退社の概念がなく、若いころは毎日夜中までサービス残業をさせられていました。今でもそのことを忘れられないでいますし、小4の息子が小2のときに時短勤務の期間が切れてしまったので正社員をやめたことも、なんだか……。契約社員となった今の勤務時間は以前より30分しか短くないけれど、給料は月額5万円減り、ボーナスもなくなりました。でも正社員のままでいるならリモート勤務ではなく出社してほしいと言われ、残業もあります。育児を担う人がこう扱われることに理不尽を感じるし、大事にされていないという思いをずっと抱えているんです。

女性活躍だの少子化対策だの、言っているわりに社会がこんな企業の在り方を許していることに呆然としてしまいます。納得がいかないお気持ち、当然のことです。

さらにゆかりさんが仕事のうえで抱えているのは、こんな葛藤。
「同じクライアントをずっと任されているので、慣れていて成長の機会がないんです。とはいえ納期の短いなかで、がんばって仕上げて提出しているのですが、褒められるようなこともなくて手ごたえがないんですよね。返ってくるのは修正依頼か、うまくいったときでも何もないか」

とくにリモートで働いている人にとって、ふだんのコミュニケーションがとれないなかでプラスの反応がないことは不安になります。続けて依頼が来る、そのこと自体が評価ということなのでしょうけれど。

実は、時短勤務が打ち切られる前に何社か転職活動をしたゆかりさん。デザイン系だけではなく事務職も受けましたが、時短勤務を希望した時点で選択肢は狭くなっていました。さらにはコロナ禍中の活動で、ZOOM面接がほとんど。うまく話すことができずに落ちてしまい、面接に対する自信を失ってしまいました。

自分はラクをしているのでは――
つきまとう罪悪感


残業込みの出社ベースで働くことを断って正社員を降りたゆかりさん。リモートだから叶う、子どもとの時間を大切にしています。
「ひとりっこなので育児期間は短い。この時間を大事にしたい思いがあります」
ただ、同時に
「ひとりしかいないのに、仕事でもラクをしていることに罪悪感があるんです」とも。
小さい子を抱えたお母さんは大変だろうな、兄弟を育てている人は忙しそうだな、出社しているみんなは苦労も多いだろう。
なのに自分はこれで、いいのだろうか――?

「朝はランニングをしてシャワーを浴びてからパソコンに向かうこともあるし、子どもを送り出したあとマクドナルドでコーヒーを飲みながら読書することもあります。最近では、高校のときにかじっていたイタリア語の勉強を再開しました。暇だからなんですよね」

そんな!すばらしく充実しているゆかりさんの日々。それでも葛藤されていることをひしひしと感じました。仕事のうえでの充実と成長が、ゆかりさんにとってどれだけ大切なことなのかが伝わってきます。

タイムリミットが迫るなか、
折り合いのつかない第2子への望み


そしてもうひとつ、心のまんなかに大きく在る“割り切れない”思いが。本当は、もうひとり子どもがほしかった。けれど夫の賛同を得られなかったのです。

長男が3歳のころから、小1になるくらいまで、折に触れては夫に希望を伝えてきました。けれど夫には、子どものころ弟と比べられたというつらい思い出があるのです。だから「ひとりでいい」と。
夫の父は長く闘病をしていて、母には余裕がありませんでした。そういった理由もあったのでしょう。その母も今は認知症になり、当時の状況について話を聞くことは、より難しくなってしまいました。
「もともと夫は慎重な性格で、結婚前から子どもはひとりというイメージがあったのかもしれません。結婚前に、子どもの数について話し合いはしなかったんですよね。夫と息子の仲はよくて、一緒にカニ釣りに自転車で出かけて行ったり。それでも、ふたりめという気持ちはないようです」

その夫、眠れない夜中にはそっとコンビニへ出かけ、お酒を買ってきて飲んでしまうことが続いていたのだそう。今月は断酒をしているけれど、その前までは明らかに飲みすぎの状態でした。家のすぐそばにコンビニがあることも良し悪し。断酒の継続を祈りながら、ゆかりさんは夫を見守っています。

ただ、それでも自分はもうひとり子どもがほしい。40歳をこえた今、このままじわじわとタイムリミットを待っているのは本意ではない――。

周りにひとりっこの家庭がなく、マイナーな存在であることも思い詰めてしまう一因のようです。お住まいの地域には子だくさんが多く、ほとんどはふたり兄弟姉妹。ゆかりさん自身も姉とふたり姉妹のため、「ふたり」で「そろった」という感覚があるのでしょう。

べつに、周りから「もうひとり生まないの?」「ひとりっこはかわいそう」なんて言われたことは一度もありません。なのに、とても気にしてしまっている自分がいる。雑誌の中に出てくる家族が「息子と夫の3人家族」だと安心する。会話のなかで「子どもたち」と出てくると、胸が少し重くなる。
「だれにも責められない。そして相談もできない。ぐるぐると自家中毒を起こしているのはわかっているんです。折り合いって、どうつけるんでしょうね?」

ひとところから抜け出せないようでいて、でも俯瞰で自分を見ていることも感じられます。

「けれど、“どの家のクローゼットにもミイラがいる”って言いますもんね」。
どんなに問題のなさそうな家庭でも、実は人に言っていない問題を抱えている――ということを意味するイギリス発祥の言葉です。

「うちだけが、と思うのはきっと違うんですよね」

夫にもう一押ししてみますかと問うと、
「それは気が進みません。押して開きそうな扉ではないから」
それはこれまで何度も、ものすごい勇気とエネルギーを絞り出してチャレンジを続けてきたからこその言葉だと感じました。

おなか具合の表現に長けた、すばらしい息子

ゆかりさんは今、息子が帰ってくれば「おかえり」を言うことができるし、手を洗わず寝そべる息子の足を持ってワニさん歩きで洗面所に連れて行くこともできます。遊びに来たお友だちが、外から大声で名前を呼ぶ平和な様子も見られます。
どんな息子さんなんですか?とお聞きすると、いの一番に「おなか具合の表現に長けた子です」と。

「この腹痛はしばらくすれば治まるとか、トイレに行くべきとか、腹具合の感覚を掴める人になってほしいと育てたんです。幼いころのトイレの失敗も怒らず、『経験を積んで1つうんこレベルを上げたね!』と声をかけました」

その結果、息子さんは”出そうで出ない“ときに「おなかさんが悔しがってる」と言い、途中で切り上げてしまったときには「おなかさんを裏切ってしまった」と表現できる人に。
親子ともになんという才能でしょう。

そして続く息子さんの説明は、元気で、運動ができて、絵が上手で、宿題も(ゲームのために)ちゃんとこなすという素晴らしさ!
そんなかわいい息子さん、ひとりっこであることを気にしているそぶりはないのだそう。ただ、「もし赤ちゃんが生まれるなら男女どっちがいい?」と聞いてくることもあり、期待がゼロではないことも感じる。

いったいどこでどんな折り合いをつければいいのか……ゆかりさんの葛藤は今も続いているのです。

憧れるのは華麗なる転身?それとも副業?

新卒採用でずっと働き続けているゆかりさんですが、同じ会社のなかでも定期的に環境を変えようと、自ら転換期をつくってきました。金沢で入社し、5年で転勤希望を出して東京へ。その後制作に飽きて部署移動も希望し、子会社に出向していた時期もありました。そこではまったく新しい職種に挑んでいましたが、デザイン制作が人出不足でいつの間にか戻されてしまいました。グラフィックソフトはすぐに扱えるようになるものではないので、簡単に人員補充ができないのです。

専門のソフトを使ってデザインをする仕事は、好きだと話すゆかりさん。以前、息子の習っているサッカーチームの部員募集ポスターを、ボランティアでつくったことがありました。すると「すごい!」「かっこいい」とうれしくなるような反応が。改めて、反応のある仕事がしたいと感じたそうです。

今使っているデザインのできるパソコンは会社のものなので、自分のパソコンとソフトに設備投資をしての副業も視野に入れ始めたゆかりさん。本当は、「漁師が司法書士に⁉」のようなぶっとんだ転身に憧れているのだそうですが、とくに何になりたいとか、これから修行の道に入るといった展望はありません。

それならば、培ってきたスキルを活かして副業の道を拓くのは現実的、かつ、「すべてのことは後でどうにかなる」という箭内道彦さんの言葉が好きなゆかりさんにぴったり。今欲している成長の機会を得ることができ、受注と納品を繰り返すうちきっと手ごたえを感じられるでしょう。うまくすれば、副業で得たつながりから転職が叶うかもしれません。

仕事にも育児にも真摯であるからこそ、現状に葛藤を抱えているゆかりさん。同時に、お話していると「なんとかなるさ」「どうにかするさ」で前進していく力強さも感じたのです。ときに考え込み、適した言葉を探しながら話をしてくれたゆかりさんの背後には、絵の上手な息子さんの作品が味わい深く佇んでいました。




※名前や地名など固有名詞は仮です


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