才能あるあなたが不遇なのは、上司が無能だから「論衡3」

論語で有名な孔子は、生きている間殆ど出世せず、貧乏な暮らしをしていました。
私も聞きかじりですが、当時の感覚で言えば、孔子はたいして出世もできず、功績もない人物です(論語も弟子がまとめたものですし)

しかし、皆さんも知る通り「論語」は中国のとどまらず、世界で今も残る名著の1つです。時代を超えるほど、彼の思想は素晴らしい物でした。

つまりは、孔子ほどの天才的な人物であっても、彼を扱いきれる優秀な人物が居なければ出世できないというのが、本日の主張です。

第1回から「出世」をテーマにしてるので、出世=成功みたいな書き方してますが、もちろん人の成功は「出世」だけではありません。

ただ、組織内でのし上がるには才能だけでなく、運(第1回)、自分自身の姿勢(前回)、上司(前回+今回)の要素も影響すると言う事です。

昔の偉人を例に出して話を進めるのは中国古典っぽいですね。

ここでは原文と翻訳のみを示していますが、今回は多くの人の名前が出てきますので、それらの人物がどうだったのかを調べるのも面白いと思います。

以下原文と翻訳

或以賢聖之臣,遭欲為治之君,而終有不遇,孔子、孟軻是也。孔子絕糧陳、蔡,孟軻困於齊、梁,非時君主不用善也,才下知淺,不能用大才也。
#賢明で聖人のような臣下が、統治を望む君主に仕えても、最終的に不遇に遭遇することがある。孔子と孟軻はその例です。孔子は飢えながら糧陳と蔡を訪れ、孟軻は齊と梁で困難な状況に立たされました。これは、その時の君主が賢明な臣下を適切に活用しなかったためであり、その君主が賢明さを持たず、大才能を十分に活用できなかったからです。

夫能御驥騄者,必王良也;能臣禹、稷、皋陶者,必堯、舜也。御百里之手,而以調千里之足,必有摧衡折軛之患;有接具臣之才,而以御大臣之知,必有閉心塞意之變。
#馬を上手に操ることができる者は、王者の資質を持っているものであり、禹、稷、皋陶のような臣下を持つ者は、堯や舜のような偉大な君主である。しかし、百里を走る馬車を千里を走る馬に引かせれば、車軸が壊れたり、馬具が壊れたりする可能性があります。同様に、具体的な仕事に向いた才能を持つ臣下に、大臣の知識でコントロールしようとすると、心が閉じられ、意欲が妨げられることがあります。

故至言棄捐,聖賢距逆,非憎聖賢,不甘至言也,聖賢務高,至言難行也。夫以大才干小才,小才不能受,不遇固宜。
#したがって無能な君主が、賢明な言葉や知識を受け入れなかったり、また聖人や賢者に逆らうことは、彼らを嫌うのではなく、むしろ彼らの非常に高尚で、最も賢明な言葉を実行することは難しいということです。大才能が小才に対抗する場合、小才はそれを受け入れられないことがあるため、不遇に遭遇することは避けられません。

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