テレクラに行ってみた!
テレクラ(キャノンボール)2024 summer
初めてテレクラに行ってきた話。現在、2000年代前半生まれの大学生である。
ちょっとマニアックな映画好きとか、批評好きなら一度は行ってみたいテレフォンクラブ。私も例外にもれず昨年劇場版テレクラキャノンボール2013からシリーズにハマり、一度は行ってみたいと思うに至った。
とは言え、一人で行くのは心細いので高校時代の好事家君を誘った。
「いやー友達と来たんですよ。どんなものかと思いましてね。憧れあるっす。」
なんて軽い感じでね。
予習&復習
予習1
:ユーチューバーのシバターさんがテレクラキャノンボールを見て、それで初めてテレクラに行ってみたという動画群を鑑賞した。「今や廃れたテレクラに行ってやってあわよくば」というような感じで、現在の私の状況と同じだ。だが、これらはほぼ10年前の動画だ。今は一体どうなっているのやら。ついでにシバター、カンパニー松尾監督、バクシーシ山下監督の鼎談も鑑賞。いつも偉そうにしているシバターさんが大先輩たちを前に恐縮しまくっている様子が可笑しい。ちなみに山下監督は歌舞伎町のテレクラ第一号で働いていらっしゃったテレクラ生き字引であるらしく、この動画や監督の本などからさまざまなことを学ぶことができた。テレクラ初学者が陥りがちな間違いなど、非常に参考になった。初めて行く人や歴史に興味がある人にはおすすめである。
予習2
:テレクラキャノンボールシリーズ。映画になっていてU-NEXTで見られるものは全て鑑賞した。車、バイク等の移動手段を使用しながら素人女性をナンパし、性交渉を映像におさめ、行為によって加算される点数を競うという内容のAVシリーズである(2013年以前のAVものを見る場合どうすれば良いのだろうか。)。ただし、テレフォンクラブを作中ナンパに実際に使用しているものは少なく、参考にするというよりもテレクラに行くためのテンションをあげるという名目のもと鑑賞した。基本、どんな女をナンパしたか、誰にどこまで何をしたか、どこまで映像に収めることができたかを男同士で称え合うというゲスいものであるが、その勇気と執念は我々を鼓舞する。リアル、素人であるからこそ衝撃的な映像が見られるということも多々あり、それらはフィクションに毒された我々の常識を軽く超えてくる。時代や作品の背景によってその狂気の出現の容態は異なり、傑作と名高い2013、アイドルBiSを絡めた作品、コロナ禍にはソーシャルディスタンスをとりながらイマジナリーセックスを果たす「おうち」などそれぞれ個性が冴え渡る。ストレンジムービーとしてかなり面白いのは2022年に公開された『劇場版おうちでキャノンボール2020』である。コロナ禍ということもあって、今までの超接触型、密着型のノウハウが通用しない中でネットを駆使しながら奮闘する姿から放たれる狂気は今までとは比にならないほど凄まじく、ドキュメンタリーの力を感じた一本であった。
予習3
:ネットやユーチューブ、ニコニコに転がっているテレクラに関するサイトや動画を拝見する。できるだけ更新日が最近のものを選出したが、なかなかテンションが上がるようなものはない。テレクラが罰ゲームのように使用されていたりするのを見ると、真面目にやれ! と感じる。あくまで映画人にとってテレクラは憧れのテクノスケープであり、コミュニケーションを加速させるためのマクガフィンなのである。ちなみにニコニコ(生放送、生配信、(動画))によく上がっているツーショットダイヤル的なものを利用したヘドロのようにゴミ腐った悪趣味な配信はそれ単体としては面白いので、見る価値はあると思われる。
予習4
:個人的(テレクラ)援交モノの傑作ベスト3『love&pop』、『バウンス』、『援助交際撲滅運動』を見直す。本来出会いと幸福を促進するためのツールに金銭と下卑た欲望が入り込み壊滅の一途を辿ったテレクラ、というのはあまりに短絡的な見方である? そして、危険を犯しても埋めたかった孤独が存在したという見方も? 私は単純に少女たちの多感性や好奇心が魅力となって出ているという評価でこれらの映画が好きである。テレクラはそれら、特に好奇心の象徴としてのこの上ない魅力を放っている。手軽でありながら奥深く、そこしれぬ可能性と闇の象徴として存在する公衆電話。
予習5
:ラブ&ポップに付随して。監督である庵野秀明氏がテレクラに入ってみたという動画をニコニコ動画で鑑賞。97年、渋谷のテレクラ。冬。「こういうとこ初めてで。すいませんね、盛り上がるような会話を提供できなくて…。」話すことがなくなったり、出だしに困ったりすると庵野氏はしばしばこう言って相手の女性のテンションを下げさせる。帰ってくるのは百戦錬磨の女性たちの説教だ。「もっとしっかりしないと。自分を変えないと巡り合いもないわよ。女性に対する自信もつかないわよ。わかった?」と。まるでエヴァに乗ろうかどうかウジウジしているのをミサトさんに叱られているシンジくんのようだ。でもその後エヴァを知っていて、気が合うねなんて言い合う人とも電話でつながっていた。「僕はここにいてもいいのかな? やっていることに自信が持てないんだ。」「いいのよ。やらなきゃ良かったことなんて何もないのだから。」「そうだよねえ。」「やらねばならないことは結局全部やることになるのだから。」「そういうことになるよね。」
「おめでとう」
「よかったら会ってみようか。」「そうしますか。」
だが、庵野氏の期待をよそに当の女性は待ち合わせ場所に現れない。なす術なく渋谷の駅前で立ち尽くす庵野大カントク。
この動画からは当然こんなこともあるのだと学ぶことができた。勝手に自分の方で盛り上がってしまうと痛い目に遭うこともある。
予習6
:おそるおそる爆サイをみてみる。薄目でスクロールしながら更新が異常に少ないのを確認する。しかも、そのテレクラがある場所周辺の出会いを求める書き込みで溢れており、他の風俗とは違って口コミとしてすら機能していない。周辺のハッテン場等の書き込みの方がよほど賑わっている。嫌な情報しか出てこないので絶望し、すぐにパソコンを閉ざした。
当日
当日、東京の下町の方へと向かう。副都心の方と併せて首都圏にはテレクラは二つしかもう残っていない。副都心の方はガラが悪そうなやつが多い気がしたので避けた。ネット民特有の土地差別。
ようこそテレクラアンダーグラウンドネットワークへ
「22歳、田中です。いや〜僕が誘って来たんですよ。どんなものかと思いましてぇ〜。憧れあるっす。今日はヤってやりますよ!」聞かれてもいないのに適当なことをべらべらしゃべる最悪なノリの僕たち。受付のおっさんは哀れみの目とお世辞笑いで見送ってくれた。「じゃあ、出る時は言うから。」一時的にお互いの位置情報を共有でもしようか。美人局に遭ったら加勢しに来いよと何の信頼もおけぬ同盟を結んだメンタル童貞ヒョロガリ同行二人。
部屋に入る。1畳くらいの空間に固定電話1つとチェアが一つ。AVを見る為のTVモニターとDVD再生機。壁は出会い系サイトの広告で埋め尽くされている。ちょっと面白かったのは年齢×生誕西暦和暦年の早見表が貼ってあったこと。これでちゃんと年確せえよということだろうか。相手もこれくらい用意しているだろうに。それとも、こちら側が咄嗟に若作りするためのものなの…。
椅子に座ってただひたすら待つ。電話はうんともすんとも言わない。スマホのように電話がかかってこないときの暇つぶしをする他の何かもない。古典的な固定電話はただ話すというコミュニケーションのためにのみ存在する。鳴らねばただの物体。
モニターの液晶に自分の顔が写って虚無いので、番組をつける。久々にテレビというものを見た。まさかテレクラでテレビを見るとは。ご無沙汰のそれは驚くほどにもっさりしていてつまらない。テレクラで時間を潰しながら見るくらいにしかもはや用はないのだろう。テレビとテレクラ。オールドメディア同士、虚構の光を放ちながら共存して居れば良い。
友人からLINEが来た。初めて電話がかかってきたと思ったら一瞬で切られたらしい(ザマァ!!)。確かにテレクラに電話して二十代前半の男が出たらそりゃ怪しいよな、とも思った。さっき馬鹿にした早見表を使ってもうちょっと年齢を上にした方が良いだろうか。
なかなかかかってこないだろうと不貞腐れていたのだが、そこからものの1分も経たないうちに電話がかかってきた。
近頃言われている若者の電話恐怖症というのはちょっとわからなくもない。何も起こらず静かに自分の時間を生きていたい。電話のつんざくような音はその空間を破壊してくる。無用な気にかかることはできるだけない方が良い。心臓に悪い。自分の都合が良い時だけコミュニケーションを取れる方が良い。このような意味で、無意味なコール音とか呼び出しの電話というのはあまり得意ではない(ならテレクラとか行くな)。いつでも気軽に返信できるチャットとかをできれば使ってほしい(本当にテレクラとか行くな!)。
早い者勝ちであるとか、そういう時期もあったという。いかに早く電話に出るかという競争。受話器をすでに手に持っていてペコってやるとこだけを抑えているとか……。しかし、今はそういうこともないらしい。持続可能なテレクラ。フロントの方でそれぞれ振り分けてくれると言う。息を落ち着かせてゆっくりと電話に出る。
一人目
はい、もしもし。
軽くハスキーな女性の声が聞こえる。
22歳なんだってね。
やはりそこがキャッチーなポイントであるらしく、その後もここから会話が始まる。テレクラに20代はまずいない。男性側は絶対と言っていいほどそうであるらしい。まあそうでしょうねえ。
テレクラは文化財であるということ、話し合うということと出会いの連関、マッチングアプリや出会い系サイトの悪口、テレクラと援助交際の関係性。お相手の女性はかなりの経験者であるらしく、これらの話題に関して色々教えてもらう。やはり経験者の実録は頼もしい。一気に解像度が上がる。憧れのフィクションに重いリアルが付け足されてゆく。
普段電話で話すこともあまりないので、会話出出しが重なることが多々あり、気まずい空気になることもあった。だが、おそらくテンプレの返しを陽気な感じでポンポン出してくださったので、全き地獄のような空間ではなかった。
何分かに一度話が途切れるとこの出会いは奇跡だと宣う。
テレクラでこんな若い子と話せたなんて、と。
嬉しいじゃないか。普段、存在していることを肯定してくれる機会なんて滅多にない。それも奇跡だなんて。
その後、話に載せられやすい私は連絡先を交換しようという段になって、言われるがままとっとと電話番号を渡してしまった。今になってみれば、メディアリテラシーのなさに呆れ果てるしかない。ネットにゃ慣れているが、通話のリテラシーは存在しない世代だ。まあ、別にこれ一つでどうなるわけでもなし…。相手の電話番号ももらったしどうにかなるのではなかろうか…。一旦旦那が帰ってくるというので切ろうということになった。
切った後の静寂の中、死ぬほど電話番号を渡したことを後悔する。メランコリックな閉鎖空間が耐え難く、喫煙所へと向かう。
そう、部屋の中では吸えないのである。
おっさんが一人いる。スマホをチラリと覗き込むと必死にホテルを探していた。
頑張れおっさん!
喫煙所から帰るとまたすぐに電話がかかってきた。
割り切り
端から話す気すらない。コミュニケーションをとる隙間がない。
「どうすんのよあんた。若くて珍しかろうが何だろうが関係ないのよ、こっちは忙しくて客を探しているのだから早くしなさいよ。やるんだったらやる。やらないならやらない。」
ぶっきらぼうな口調からはそのように読み取れた。多少胡散臭かったとはいえ、まだ言葉のキャッチボールができていた先ほどの女性の方がまだ良かった。会ってもこのようでは詮ないというか、楽しくないだろうと感じたので丁重にお断りした。その瞬間、全てがぷっつりと切れてしまった。かろうじて存在した相手への敬意というか、最低限の理性というものが剥ぎ取られ、感情がむき出しになる。
早くフロントに返しなさいよ。忙しいのよ、こっちは。何もわかってないわね。
これほど強気で行かないと割り切りなんてできぬのであろう。仕事である。
フロントに電話を返す。フロントの方も心得ているようで、ハイハイと終わらせてくれた。
嵐が過ぎ去っていったような感覚である。
再び静寂が訪れた。
三人目
続けてかけてきた女性はかなり弱々しい感じを受けた。
テレクラはよく利用しているそうで、それなりにまともに会話ができて一人の人間として認めてくれるような男性を探しているらしい。なるほど。先ほどの割り切りの女性との会話の後だったので少しはまともに会話ができると思って喜んだ。
「一人の人間として認めてくれるような男性。」
というのもテレクラを現在利用しているような男性は端から「いくらだ(何円)?どこにいる(すぐ会えるのか)?」などと、度直球なことにしか興味がないお下劣な人間が大半であり、このような場所でまともに話ができる人は比較的信用できるとのことらしい。一方、常連の間では当然病気が蔓延りまくっておるという惨状であり、あまり近づかない方が吉であると丁寧にもご教授いただいた。
しかし、ではそのような方があまりいないようなプラットフォームを探せば良いのではないかとおもったが、残念ながらある程度の年齢が行くとリアルな関係性などを除けば出会いの場は限られるのだという。若ければ例えば流行っているマチアプなどを使えば良いのだろうが、そういうのも母数が限られてくるのだとか。そうであればテレクラでまともに話せるような魅力的なおじさまというのを探したりする方が良いらしい。なるほどね。
また、バーなどにふらりと入って出会いを見つけるのも良いと言っていた。
だが、そんな折いきなり電話が切れてしまった。話が退屈だったのだろうか。それなりに当初考えていたよりは会話が盛り上がったはずだが。別に何かを誘ったとかそういう段にすら行っていなかったのに。しかし、こうなってはどうしようもない。
そろそろ電話間の静寂にも慣れてきた。
慣れてくるとこれが格別に良いのだ。会話の余韻が残ったこの状態で酒なんぞ持ち込んで一杯やりながら最大に情けないこの孤独をかみしめたい。できれば紫煙を燻らせて柔らかい椅子に溶け込んでしまうような快楽の一服を味わいたい。下町の小さなビルのさらに小さな一部屋で。脳によぎるのはエンターザボイドの俯瞰だ。一畳の薄暗い胎内のような至福の空間である。これを味わうために来たのではないだろうか。
残念ながら禁煙、禁酒である。
そろそろ終わりの時間が見えてきた。最後一つかかってきたら終わりにしよう。
割り切り
しかも今回はニューハーフの方だそうだ。
そういう需要もあるんだね!
今でこそ冷静だが、当時はなんとも焦ってしまって口をパクパクさせてどうもすいませんだなんて言った気がする。すいませんね。こういう経験は初めてであったので。
ただ、終わってから友達と反省会をした際、このヘタレと怒られた。ここで行かずば何が男だと。確かに行ってみれば良かった、行って見ずとも話をもっと聞いてみればよかったと後悔している。
総括
いろんな人とおしゃべりするのは楽しいね!
思ったよりもまともにコミュニケーションが取れる場所であった。電話での通話に慣れている方との会話はとても弾み、楽しい時間を過ごすことができた。
今更「出会い」ということに繋げるのは難しいかもしれない。だが、上にも記したが意外にもこのアングラネットに生息している人はまだ多いのでもしかしたら…と言うことがあるかもしれない。ぜひ、伝説のお痴女でお綺麗なおマダムなお美魔女を見つけて欲しい。もし見つけられたらご連絡を。
三人目の人の言うような状況であったりとか、口コミなどをのぞいてみた限り割り切りなぞと言うのを利用するのはかなりリスキーであると。ただし、次にニューハーフの方に出会ったら絶対に行くべしと(自戒)。
よく言われているようにそろそろ絶滅しそうなので一度は行ってみるべし。だが、二十年前から絶滅しそうだと言われていてなんだかんだ今まで生き残っているので意外としぶといのかもしれない。
結局ねぇ、
セックスをしなかったのはチャレンジ精神が皆無。
テレクラキャノンボールシリーズに憧れたとか言っておきながらありえないほど奥手。性病がなんだっつーの!……
戒めの総括を。
酔った勢いで友人にそう話すとドンびかれて「次は一人で言ってこい」だとさ。
ちなみに友人はガチャ切りの後心が折れて(メンタル豆腐のZ世代)、次に出たおばさんに延々と人生相談に乗ってもらっていたらしい。よかったね!!
結論
話のネタにでも一度は行ってみるのが良い!
サブカルサークルとかだとイキれるのでは?
追伸
最初にかかってきた女性。個人情報を抜き取られたのかなあと思っていたのだが、翌日早速電話がかかってきた。やったぜ……!?
一度くらい会ってみて話を色々聞いてみるのも良いだろう。この話はまた今度。
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