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お葬式や弔い方について考えることありますか?
……と、突然、こんなテーマを持ってきたのは、興味深い記事を拝読したからです。
ちょうど先週末、わたしのパートナーQPさんが知り合いのお葬式に参列する機会があり、お葬式について日米のちがいを話題に会話がはずんだところでした。
日本のそれがかなり湿っぽいのに対して、こちらは天国に召されるお祝いと捉えることが多いため(多人種国家ゆえ宗教等によりそれぞれですが)、出で立ちも黒尽くめの必要もなく明るい雰囲気を感じます。
話は逸れますが、QPさんの参列したお葬式は元妻の昔のボーイフレンドの兄のお葬式というのだからびっくりです。わたしに言わせれば、それって参列する意味ある関係ですか?と。
さすが、アメリカ流モーダンファミリーと言いましょうか……。😂
(これも複雑なのでまた別のときにネタにするかも)
お葬式はお別れの儀式であり、思い出を語りあったり、どんな人が故人に関わってきたのかが見える場なのだと思います。
還暦子⁺⁴さんの記事を読みながら、そうだった、そうだったと昔のいろんなお葬式にまつわる記憶が蘇りました。
わたしが日本で田舎暮らしをしていたころには隣組というのが存在しており、問答無用て葬式の手伝いに駆り出されました。名古屋市内から田舎に移住した核家族で4人も子どもがいた我が家にとっては厳しい掟でした。
葬式は突然ですから、自営だった夫が仕事を休むことは難しかったので、わたしは近所の友だちに上の子どもたちを預け、乳飲み子はおんぶして手伝いに行きました。(今振り返ると、ほんとによくやったもんだ)
地域住民の隣組が炊き出しをして、お通夜から葬儀まで全てを切り盛りしました。そのときはじめて、田舎の家って葬式が家でできるように作られていることに気づきました。
田舎でツーバイフォーの洋風住宅は当時珍しかったので、移り住んだばかりのころ(昭和60年頃)、我が家を覗きに来た土地のお年寄りに、「あんたんとこ、この家の建て方では葬式に困るだろ?」と言われキョトンとしたことを思い出しました。どうも近所の年寄りたちが密かに「あの家、葬式のときどうするんだ?」と心配していたようです。
それから何年かした後、地域のみんなが葬式や寄り合いに使えるようにお金を出し合って公民館を建てようという話が持ち上がりました。田舎の寄り合いで決めるのですから、長老たちを前にノーとはいえません。それこそ村八分になります。
結局、数十世帯が3年ちょっと毎月1万円積み立てた記憶があるので、寄付金額は一軒あたり40万弱だったと思います。公民館が建ったあとお葬式はそこで行われるようになりましたが、場所こそ変われど相変わらず隣組の仕切りでした。
ところが、さらに数年すると親の世代が亡くなっても、息子世代はそこに住んでいなかったため、田舎の風習に従うこともなくなり近隣都市部の葬儀場で亡くなった親たちの葬式をするようになり、せっかく作った公民館も葬式に利用されることもなくなっていきました。
ちょうど、そんなころに我家は日本を脱出してしまったので、その後のことはあまり知りませんが、せっかく建てた公民館もあまり役立っていないようです。(あんなに寄付したのに……😅)
時代の変化の加速すごいと思います。
ちなみにわたしの夫はコロナ禍の米国で亡くなったため葬式はしていません。信仰もないので仏壇もないまま、思い出だけを飾って超わたし流で弔っています。
夫をどのように弔っているかは以前、こんな記事を書いていました。
義父のお葬式のとき、在米のわたしたち夫婦の到着を待ってもらえて、お通夜にもお葬式にも間に合ったのは良かったと思います。このときわたしは初めて湯灌に立ち会いました。映画『おくりびと』を観たことがあったのですが、そのときの感動とはちがう違和感を感じました。
葬儀場の制服を着たスタッフの女性が手際よく義父を"洗浄"してくれました。葬儀場のお風呂のある部屋からひいたホースと洗面器を使いだいじなところは隠して義父を丁寧に洗い拭いてくれました。
もともと湯灌というのは、現世での苦しみや煩悩を洗い流し、身支度を整え成仏できるようにする儀式だそうですが、知らないおばさんに体を洗われている姿を見てこれは嫌だなと思ったことを覚えています。
自宅で最愛の人に心を込めて洗われるのならいいのでしょうが、制服姿の知らないおばさんに、たとえ死んだあとでもわたしの体を洗ってほしいとは思えませんでした。😂
長年の冠婚葬祭にまつわる伝統や文化を守ることには意味があると思っていますが、そのときのわたしの目には洗浄サービス7万円というビジネスのニオイがプンプンしたのです。儀式や形式にとらわれることが大嫌いだった夫ともそんな話をしました。まぁ、彼の生き方を見ればわかりますね。
夫が亡くなったあの日
葬儀屋さんが火葬場に連れていくまでの短い時間にわたしたち家族は最後のお別れをしました。
それまで、苦しみ続けていた夫はほんとうに安らかに眠った顔になりました。最期に着せる服は彼のお気に入りをわたしが選びそれに着替えさせてもらいました。葬儀屋さんが厳かにストレッチャーに載せて連れて行くのを見送りました。数日後にマスク姿で葬儀屋さんに遺灰を受け取りに行っておしまいのほんとうにあっけないものでした。
でもまねごとの葬式をしなかったことに夫はたぶん満足しているでしょう。そして、お墓に入れていないので彼の魂は永遠にこの家に住み続けていると思われます。今日もわたしの見える場所でにっこりと見守ってくれています。
彼の仲の良かった同僚たちとは、彼がいなくなってからいっそうわたしと仲良くしてくれるので、しょっちゅう彼らと思い出話ができています。
今日は、出かけたついでに夫が勤務していた大学のキャンパスに寄ってきました。彼の名が刻まれたプレートの横にメモリアルツリーの桜が植樹されているのでどんな感じか見に行きました。
![](https://assets.st-note.com/img/1713320180238-ay2erRo8h8.jpg?width=1200)
かなり膨らんでいましたが、まだ開花には早そうです。
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![yahoi /ライフエディター・エッセイスト](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/39931462/profile_8f2f6195d9a4aee3d703664a4a23e225.jpg?width=600&crop=1:1,smart)