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清潔で、とても明るい場所「クリームイエローの海と春キャベツのある家」感想


「清潔で、とても明るい場所」はヘミングウェイの短編。俺的短編ランキングベスト3に入る。前に小説の様な感想文を書いたことがある。

ベスト3のあと2つ。迷う。
村上春樹「ハナレイ・ベイ」
村上龍「空港にて」
レイモンド・カーヴァー「僕が電話をかけている場所」
フィッツジェラルド「氷の宮殿」
サリンジャー「バナナフィッシュにうってつけの日」
あと20編ぐらいかな。

「清潔で、とても明るい場所」は自殺未遂の老人が深夜のカフェという「しん」とした、清潔な宿り木の様な場所にいる所から始まる。そこは「無(ナダ)」を何とかやり過ごすことが出来る。
誰にも必要な「清潔で、とても明るい場所」。
でもその「しん」というやつはそのうち「無(ナダ)」に静かに飲み込まれていくはずだ。
誰一人として逃れることが出来ない。


せやま南天さんの「クリームイエローの海と春キャベツのある家」。
主人公の「津麦」が織野家に家事代行として入り込む。そこで目にしたのはクリームイエローの海。それは混沌とした、六人分の片付けられないままの衣類。シングルファーザーの大工「朔也」と5人の子どもたち。
やかましく混沌としたカオス、僕には生活の破綻の兆しが見えた。何もかも背負った、ぎりぎりを進む「朔也」。
そのバランスが崩れると、そのカオスすら動かなくなる。それは小さな混乱したコミュニティの死。それはネグレクトになり、自分を大事に扱えなくなり、家族も互いに寄り添えない。

その織野家に「きちん」とした津麦が揉まれていく。津麦の「きちん」は表裏一体。母とのディスコミュニケーションから生まれたものだ。
でも「きちん」としたものから数々の心のこもった料理が朔也との間の失敗を経て生まれる。
そして揉まれながら彼女は「掬う」ことの道筋を見出した。
織野家を掬うだけではなく、自分、そしておそらく彼女の母も「掬う」ものだ。
自分の中を流れる、薄暗く、雑なものを友とし、織野家の柔らかい秩序を作る手助けをしながら「きちん」という状況に導く。
それは「無(ナダ)」を振り払う階段を作ること。

それにしても津麦の不器用さ。でもその不器用ささえも僕を明るい場所に引っ張る。


美味しそうな食事を「作る」描写が続きます。素敵です。
僕も小説を書くのですが、料理をする場面を書いたことがありません。そもそも料理をすることがないから。
でも、食べるシーンをふんだんに書きます。
ネタバレにならない様に、小説に出て来る最初の料理の「食べる」シーンを書きます。書いてみたくなっちゃったんだよね。

この小説の中の登場人物ではなく、僕が仮定したキャラクターです。

28歳男子。一人暮らし。仕事が忙しく、少ししんどい日々を送っています。会社の飲み会で当たった家事代行チケットで料理をお願いしました。


花冷えのする4月。結局今日も帰りが22時を回った。コンビニでビールと弁当をかごに入れる。レジに向かう途中で思い出した。今日は部屋に「カジダイ」さんが来たはずだ。lineにもそんな通知が来ていた。

冷蔵庫を開けると、深皿に山盛りに入ったキャベツと塩昆布の和え物がある。時々居酒屋で出て来るメニューだ。とりあえずビールを開けてつまむ。塩昆布がキャベツの柔らかい甘味で包まれる。塩昆布の塩気が主人公だと思ったが、ざく切りのキャベツが優しい存在を放っている。そういえば春のキャベツは甘くて柔らかいと前の彼女が言っていた。

僕はビール片手にもう一つ皿を取り出す。ピーマンのひき肉炒めだ。これはレンジで温めよう。時間は少しでよい気がする。その間に僕の頭に今日の仕事のミスがよぎる。このミスは誰が何といおうと僕が原因だ。そのジョブを忘れていた。この歳でスケジュール管理が出来ていないなんて。チームの皆の目がしんどかった。

レンジの「ちん」で我に返る。ラップを取り、ピーマンを手でつまむ。ひき肉のうま味が少し歯ごたえを残したピーマンに寄り添う。ピーマンの旬っていつだっけ。そんなことを考える。野菜の旬なんて考えたことなかった。さっきの春のキャベツの甘味が頭に残っているみたいだ。ご飯が欲しいが、今日は炊いていない。今度、代行の方に頼んでおこう。その前にそんなお金があるだろうか。まあ、3ヶ月一度ぐらいなら、ご褒美だと思えば高くない。

冷蔵庫でビールを探したが、発泡酒しかない。でもそれでもいいや。美味しいものを食べていると、気にならなくなるのだろうか。そんなことを考えながら次の小鉢をだす。トマトの甘酢和え。ビールで鈍った舌を心地よく冷ます。
これで終わりかなと台所を見渡すと、大きめの鍋が眼に入った。ここ2年ぐらい鍋なんか使ってない。狭い部屋なのにガスレンジに目が行かなかった。こんな鍋、何で持っているんだろう。確か家を出る時、母が持たせてくれた様な気がする。確かそうだ。
蓋を開けると豚汁があった。ガスコンロに火をつける。ここは慎重にならなくては。沸いてしまうと、風味が飛んでしまう。でも僕は熱い豚汁が好きだ。ぎりぎりを狙う。腕の見せ所だ。
大ぶりの碗によそう。野菜たちがなだれ込む。大根はいちょうぎり、にんじんは半月切り。形が揃っている。
この方は丁寧できちんとした仕事をされるのだな。食べ始めた時は作った人のことなんて頭に浮かばなかった。スマホを取り出し、lineを見る。
永井津麦さん。どんな人なんだろう。

残っていたキャベツとトマトをつまみながら豚汁を頂いた。しんどい気持ちが身体を知らず知らずのうちに冷やしていた。その体を温めてくれる。豚汁の入った碗を両手で掴む。この豚汁は両手で頂いた方が良い気がした。片手だと今の僕を掬えない。だから両手で掴んで両手で掬う。
いつの間にか、狭い部屋が少しだけ明るく暖かくなった気がする。

明後日は土曜日。時間がある時に母に電話をしよう。何を話せばいいか分からないから、明日一日考えることにしよう。





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