見出し画像

これまでの働き方③フミダスチカラ

結婚して、子供も生まれて、父が亡くなり、働き方や人生について、さらに考える様になった。

子供にパパの仕事は、コレだと胸を張って、数年後言えるのか?
大人って楽しそうでいいな、早く大人になりたいと思われるのか?
勤務時間8時間はただ苦行に耐え、その対価として金を貰うのが人生なのか?
定年まであと30数年間この会社で、ずっと働いている姿が想像できるか?
父は定年を目前に、急死した。ゆとりのある老後に備えて、積立ててたらしいが、死んだ父には一銭も払われない。
(母には支払われている様だが)それで、父は自分の人生をどう思っていたのか?

僕らを大学に入れるため、懸命に働いてくれたことはとても感謝しているが、それが、父の寿命を早めてしまったのだったら、そんなに命を削って欲しかったわけではない。
なんなら、もう少し長生きしてほしかった。もし未来がわかっていたら、大学進学と父の命を天秤にかけられていたのだとしたら、大学進学はしなかっただろう。

父は好きで仕事に打ち込んできた部分も大いにあるが、残された息子としては、そこまで頑張らなくてもよかったのでは?と過去を悔やんでもしょうがないけどそう思ってしまう。

仕事にも打ち込みたいが、子供との時間も欲しいから、仕事にフルコミットしない期間があってもいいのではないか?ファクトフルネスの著者も育休期間が数年あったとか。


子供は、小学校高学年にもなれば、友達ができたり思春期とかで、徐々に親離れするだろうから、子育て期間って10年数年で、意外と短いような気がするし。
仕事一辺倒の人生で、家庭をかえりみない働き方も、なんか違うと思っていた。父親の子育ては、日本でも浸透してきている。

父の生き様から、自分の学びとして得たことは、みんな老後の心配をするけど、そもそも俺に老後があるなんて保証はない。
退職後に、やりたい事をやろうとか良く言われるけど、いつ死ぬかわからないのだから、やりたい事は「今」やっておくべきなんじゃないか?
惰性で生きていく?もっとワクワク、ブクブクする人生にしたい。とりあえず、ここが自分の居場所じゃない、ここにずっと居たくない思いが強くなった。


安定を捨てて、転職するのはリスクがある事だと、もちろん分かってるし、そんなに世の中甘くない。
でも、そもそも安定とかの保証もないし、よくよく考えると安定していないほうが自然なんじゃないか?
安定に見せかけているだけで、安定なんて幻想にすぎないような気もする。年金制度だって、不安定で修正の嵐ではないか。

地球の環境や自然だって、安定しているように見えるだけで、長期的に見れば気温だって変動しているし、自転周期や自転軸なんかも変化しているらしい。
自然には安定状態なんてなくて、福岡伸一さんがいうように、自然の本質は「動的平衡」で常に変化していることだと僕も思う。
生物だって絶えず、食物を吸収・排泄を繰り返し、体の構成元素は一見変化がないように見えるが、「動的」なのだ。
生きることは、分解・破壊されるよりも、早く生成・再生を繰り返してくことらしい。だから、いつも変わらないように見える。子供や幼体であれば、なんなら成長していくのがそういう事だ。

話が生物や自然に飛んでしまったが、要は人生観が変わって、転職を決意したということだ。
単純に、環境を変えて見たかったし、一歩踏み出して見たかった。

そもそも辞めたいという感情は、一年間ぐらい持っていて、父の死が後押ししたカタチになった。

よろしければ、サポート(入塾)お願いします!サポート代での月謝支払いなんでどうでしょう?