2000字のホーラー 鏡の中の他人
鏡に写った姿は本当の自分だろうか?
鏡の写る姿は全て反対である。左右が逆の物が真実なのであろうか?
また、鏡に僅かな歪みが有れば、正確に写し出したとは言えない。
いつも私は疑問を持ちながら、鏡に向かっているのだが、
これっと言って、今のところ不便は無い。
鏡を観ていて感じるのであるが、もしかすると鏡の向こうに別の世界が
あるのでは無いかと思ったりもする。
自分達が住む世界と、全く反対の世界。そこはどの様な世界であろうか?
そのように、思って鏡を見る時、不思議な感情がいつも芽生えてくる。
ある日、私はいつもの様に鏡の前に立っていた。
いつもの自分の顔が写し出されている、様にみえる。
私は悪戯半分の気持ちで、また自分を確かめるつもりで
「お前は誰だ!」と、鏡に写る自分に、問いかけてみた。
何の応答も無い。鏡の向こう側の世界などある筈が無いと、
自分に言い聞かせて、その鏡から離れた。
私のふざけた行動は、その日だけで収まる事は無かった。
その次の日も、また次の日も鏡に向かって「お前は誰だ!」
と云い続けていた。
その様な行動を企ててから、何日ぐらいが経ったのであろうか?
鏡に写る自分の顔に翳りがあるのを、見つけてしまった。
始めは最近の寝不足の故に、顔に精彩が無いのかと思っていたのだが
何処が違う。
そう言えば、以前友達から「最近元気が無いな」と言われた事があったが、
「そんな事はない」と高を括っていた。
そんなある日、
「お前、この頃、独り言ばかり言っているな?どうかしたのか!
顔色も悪いし、病院に行った方が良いのではないか?」
と、突然私は会社の先輩から注意をされた。
顔色が悪いのは自覚しているのだが、独り言に対しての認識は無かった。
「独り言?僕って独り言を言っているのですか?」
と、不審な気持ちで先輩に訊ねた。
「言っているよ、認識して無いのか。何か解らない事をぶつぶつ言ってるよ。
白日夢を観ているかの様に、『お前は誰だ!何処から来た?』と呟いているよ。
嘘だと思うのなら、他の誰かに確かめたらどうだ?」
と、先輩は自信を持っているかの様に私に言った。
私は他の人に確かめる勇気はなかった。
だが心配してくれた先輩を私は、無視し凝りもせずに鏡を見るたびに
「お前は誰だ?何処から来た!」
と、毎日毎日呪文を唱えるかの様に言い続けた。
その様な呪文の為であろうか、
鏡に写った私の顔が、自分の顔に思えなくなってきた。
他人では無いが、以前の自分の顔がはっきりと思い出せないのである。
この様な顔だったと思ってはいるのだが、違う様な気もする。
自分が自分で無いような、鏡を見る度に
「知らない他人が私を観ている!」
と、云う感情に襲われてきたのだった。
「何だろう?この顔は、これが私か!」と感じる事も頻繁に起こり
鏡に向かって自問したその時である。
鏡に写った顔がニヤリと、笑ったのだ。
私が、笑ったのではない筈である。私は深刻な表情でいた筈だ!
そんな馬鹿な事は無いと、鏡を凝視してみたが、
鏡に写った姿は誰のものか判らないと、感じていた。
目の錯覚か、それとも疲れている為の幻想か!と思い直し、少しばかりの恐怖を感じたが、私はまだ強くは気にも留めずにいた。
私は確かめたかったのだ。馬鹿げた事だと知りながら
鏡に写る他人がどの様な人物であるかを。
私はこの様な健康状態になっても、鏡に向かって
「お前は誰だ!何処から来た?」と、問いかける事を辞め様とはしなかった。
それは、私の中に棲みついた別の誰かに、操れている行動であったのかも
知れない。正気の沙汰では無い行動であろう。
この様な状況が続く中、私は人と話す事が苦になる様に感じ出した。
以前は、人と付き合う事が楽しく友達もいたのだが、
人と接するのが辛く感じてきたのだ。
原因が判らないが、
考えられる事と言えば、鏡に向かって「お前は誰だ!何処から来た?」
と、問い続けていたからであろうか?
衰弱していく私を見かねたのであろう、
嫌がる私を先輩は無理矢理、病院に運んだ。
「お前このままでは、死んでしまうぞ!目を覚ませ。
お前に変な霊が取り憑いているかも知れないぞ」
と、力強い声で先輩は僕に言ってくれた。
病院での診察は、単なる神経衰弱と判断され、
その様な薬の調合を施されるに過ぎなかった。
神経衰弱の私であったが、今もなお、鏡に向かっての問いかけを止める事は無い。
私は鏡に向かって云う。
「お前は誰だ!何処から来た?」
と、何度も何度も問いかける。
人から見たら、狂っているとしか思えないであろう?
だが、私にはどうしても解明したい事があるのだ!
鏡の中の自分は、本当に自分を写し出しているのか?
もしかしたら、全く別の他人を写し出しているのかもしれない。
何故なら、左右反対であるからだ。
左右反対の自分が、自分と言えるのであろうか?
だが人は自分の顔を自分の目で見る事は出来ない。
自分の顔を見る時は鏡を頼らざるを得ない
鏡を信じなければ、自分の顔は永久に判らない。